空色(全242話)

『何もしなくていいの?』

ドレッサーに映る、背後の美香。
私の後ろ姿を見つめる悲しげな目に、自然と目を伏せる。

何も出来ない。
何も言えない。

今更、十和に何を言ったって……

『十和さん、アユに本気なんでしょう? アユもそうなんだよねぇ?』

違うんだよ、美香。
十和は違うの。

『幸成が言ったの。 十和は絶対に私としないって』

実際にそうだった。
今となっては、あの奈美の嘘は、それを確かめる機会をくれた。

十和に触れてほしいと、気付いてしまった。
だけど、十和は違う。

私は体を繋げる事以外に、気持ちを伝える術を知らないのに……


『そんなの、本人に聞けばいいじゃん』

どうして、美香が泣きそうな顔をするんだろう。
自分の事でもないのに。

『もしかしたら、何か理由があるかも知れないでしょ!? それも聞かないで…… アユ、ちょっと自分勝手だよ』

バンッと大きな音をたて、美香の掌(テノヒラ)が鏡を叩く。

グラグラと視界が揺れる。
同時に、頑(カタク)なだった心も……

『十和に聞く……?』

『そうだよ! ちゃんと聞こうよ!』

顔を上げると、また鏡に美香が映る。
切羽詰まったような真剣な顔。

【私にはあんな真剣になってくれる客】

十和だけじゃない。
美香も、私のために真剣になってくれる。

自分の事のように泣いて笑って、想ってくれる。

『私、会ってもらえるよう、十和に頼んでみる』

今度は、私が応えなくちゃ……
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