空色(全242話)

今まで、どれだけ大切なものを失ってきただろう。

両親、友達、仕事仲間。

ようやく気付いた恋心まで、手放そうとした。
手放さなきゃ、自然と失うような気がして……

怖かったんだ。





『あ、気がついた?』

真っ暗闇の中心に光が差し込む。
光は少しずつ広がり、やがて見慣れない景色へと変わった。

『ここ……どこ?』

微かに香る、香水の匂い。
モノクロの殺風景な室内。

そして、ガラステーブルにコップと、小さな箱……多分、薬だろうけど。
それらを運んできたのは……十和。

『俺の部屋。 ここが一番近かったから』

そうか。
ここは十和の部屋か。

どうりで見慣れないはずだ。

『熱があんだけど。 自分で気付かなかったの? あんな雨の中……』

呆れたように言うと、箱を開けて中からカプセルの薬を出す。

『私、熱で倒れたの?』

『多分ね』

怒ってる、よね?
こんな馬鹿な事したから。

『ほら、早く飲んで。 しばらくしたら送るから』

でも、お節介は相変わらずなんだ。
何だか久しぶりすぎて、再発見する事が多い。

『ありがとう』

コクンと一口、水を飲む。
乾いて痛かった喉が、ようやく潤った。

『ねぇ、奈美と何してたの?』

私の問い掛けに少し驚いたように目を丸くしてみる。
しかし、その行動のおかしさに気付いたか、すぐに苦笑してみせた。

『最低な男だと思っただろ?』

ううん。
最低なのは、私の方。

十和を、信じてあげられなかったんだから……
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