空色(全242話)
生きてここを出られる確率は、そう高くない気がする。
出られたとしても、早苗みたいに使い回されるだけかも知れない。
『もしもし、十和?』
これが最後の会話になるかもと思うだけで、こんなに素直になれる。
『十和の事考えてたら眠れなくて。 ごめんね? 起こしちゃった?』
優しい声が好き。
頼れる強さが好き。
私にはない、明るさが大好きだった。
『私ね? 十和が誰の子供で、どんな人でも、大好きだよ』
これだけは、言っておきたかったの。
まさか、最後の言葉になるなんて思ってもみなかったけど。
《俺もだよ。 アユに言った事は全部、本当の気持ちだった》
ありがとう。
もう十分だよ。
《好きだよ、アユ》
これ以上、幸せにしないで。
辛くなるから。
十和の顔、また見たくなるから。
もう見えないのに、会いたくなるから。
どうして、取り返しのつかない事になるまで大切なものに気付かなかったのか。
十和が誰の子供でも、十和という人格に変わりない。
私の好きになった十和は、消えたりしないんだ。
私は結局、最後まで弱い人間だった……
ごめんね、十和。
好きになってくれて、ありがとう。
さようなら……
『いいの? 十和さんを呼ばなくて』
パチンと携帯を閉じた私に、美香は言う。
『うん』
でも心配しないで?
美香だけは、逃がしてあげる。
『美香。 よく聞いて』
BabyDollは、もう営業時間外。
きっと、オーナーしかいない。
幸成を殴ったのも、私をここに連れて来たのもオーナー。
いつも藤原達をゾロゾロと連れて歩くオーナーが、今回は全て、自らの手を使ってる。
きっとそれは、この店内にオーナーしか存在しないって事。
『私が囮(オトリ)になる』
つまり、オーナーさえ何とかすれば、美香くらいなら逃げられる。
『美香は隙を見つけて逃げて。 出口に幸成がいるから、救急車を呼ぶの』
私は、オーナーを挑発する。
きっと、上手くいく。
『美香、わかった?』
大丈夫だ。
美香も幸成も、普通の生活に戻るんだ。