空色(全242話)

アユという名前、
すごく好きだった。

だって、大好きなお父さんとお母さんが付けてくれたから。



『ねぇ、アユ~』

いつも話を始める時の美香の癖。
必ず最初に「ねぇ」が来るのだ。

「何?」
そう言って私が返すと美香のくだらない話が始まる。
くだらなくて、でも楽しい話。

私の大好きな美香の話は、いつも私を笑顔にさせてくれた。
小さいけど、幸せをくれた。

でも今日は何だか疲れちゃって……
美香に応えられないや。

『アユ寝ちゃってるー。 つまんないの』

美香のそんな言葉を最後に、意識は夢の世界へと堕ちていった。




【アユはママ達の愛の結晶なのよ?】

頭の中に声が響く。
目を開けると、そこには冗談混じりに言って笑う母親の姿。

【愛の結晶】だから【愛結】
若いママとパパには有りがちな当て字だけど、2人の愛が詰まってる。

母の口癖だ。

「愛されて生まれてきた」
その口癖は、私にそう思わせてくれた。


【いってらっしゃい】

仕事に向かう父に、母は必ず軽いキスを送る。
少し恥ずかしくて手で顔を覆う幼い私。

でも指の隙間から2人を見ていた。

【幸福】

まさにその言葉がピッタリな家庭だった。

父と母はできちゃった婚で、結婚後すぐに私が産まれたらしい。

恋人の時間が少なかった2人は夫婦になっても恋人のように、仲が良かった。

私もそれに憧れた。
パパとママのように、素敵な人と……
ずっと、そう思ってきた。

そう。
あの日、あの男に会うまでは……
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