空色(全242話)
『皆。 今日から一緒に頑張ってくれるアユちゃんだよ』
もう逃げられない。
全員がオーナーのために動き、使命を果たす。
特に私に声を掛けた藤原はオーナーに忠実。
いや、忠実と言うよりコピーと言ってよい程だった。
この店で藤原は、オーナーに一番近い存在。
だから今、藤原が全ての実権を握っている。
世の中の表も裏もある腐ったこの小さな箱で、私は出会ったのだ。
初めて親友と呼べる掛け替えのない仲間に。
『もー、辛気臭い顔しちゃって。 そんなんじゃお客さん来ないよ?』
「騙されたのは仕方ないんだからさ」
美香はそう言って笑顔を見せた。
その笑顔に私は惹かれ、そして自分の辛気臭い表情にハッとした。
『仲間仲間。 私も藤原にハメられちゃったー』
ヒヒっと無邪気に笑う美香。
歯並びの良い小さな歯と、控えめな八重歯が見えた。
素直に「可愛い」と思ってしまったのだ。
『ね、アユって呼んでいい? 私も美香でいいから』
真っ直ぐで人懐っこくて、可愛くて、
私は自分と正反対な所を好きになったんだろう。
美香がいたから、今まで頑張ってこれた。
そしてこれからも。
『……ユ。 アーユ』
暗いトンネルを抜けるように、瞳に少しずつ光が戻る。
『アユったらー。 もう家に着いちゃったよ?』
光の中心には頬をぷうっと膨らませた美香がいて、窓の外には見慣れたアパートが見えた。
懐かしい夢を見てしまったな。
久しく見ていない父も出てきた。
母も、夢の中では相変わらず元気そうだった。
『風邪ひかないように、ちゃんと布団きて寝るんだよ?』
美香は首に巻いていたチェックのマフラーを外すと、私の首にフワッと巻いてくれた。
美香のマンションはお店から近い。
本来なら私が見送る立場なのだ。
それなのに今日こうして美香が車にいるのは、私が居眠りをしてしまったからだろう。
「心配だから私は後回しにしてもらおう」
美香はそう思ったに違いない。
さりげない優しさをくれる。
美香はそういう子なのだ。
『ありがとう。 おやすみなさい』
私は美香に笑顔を見せると、車を静かに降りた。