空色(全242話)

『お疲れ様』

部屋を出て待機室へ向かう途中、
藤原に声を掛けられた。

『あのお客さん。 次から私、入らないから』

それだけ言い、私は藤原に背中を向ける。

『どうしたの? 何かあったの?』

背中に問い掛ける藤原。

特に理由らしい理由は無い。
ただもう会いたくないのだ。

こんな仕事をして可笑しいけど、私はあくまで「綺麗」でいたい。

常識の範囲内で稼いでいたかった。

『次に来たらどうする? 他の娘(コ)にまわす? それとも……』

それとも?
それとも二度と来れないように制裁を下すの?

もしかしたら藤原は、暴力をゲームか何かと勘違いしてるかも知れない。
だからそんな楽しそうに口に出せる。

私にだって謝罪の一つもなく、まるで何もなかったふり。

罪悪感なんてもの。
藤原の中には無いんだろう……


『どうする? アユちゃん』

他にまわろうが、殴られようが私に関係ない。
もう二度と会う人じゃないのだから。

でも……

『あの人、金だけは持ってるから。 他で繋いだ方がいいよ』

一度でも顔を合わせた以上、その人が血を流すなんて……
気分が悪い。

『了解。 それよりアユちゃんを指名してる客がずっと待ってたんだった。 忘れてたよ』

藤原はバツの悪そうに笑うと話題を変えた。

指名……
また仕事、か。

『疲れてるから、待たせといて』

そのうちに待ち切れず、他の娘(コ)にチェンジするだろう。
所詮、気持ち良ければ誰でもいいのだから。

『もう1時間位待ってるよ? 何回か来てる、あの若いお客』

『え……?』

だって、え?
私を指名してくる若い男なんて、
「あいつ」しかいないじゃないのよ。

何で?
まだ懲りないの?

『10分後に通して。 仕度して個室待機しておくから』

しかも、こんな時に……
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