空色(全242話)
お店のお客さんは皆、私を「綺麗だ」と褒めてくれる。
街を歩けばナンパされる。
昨日だって幸成に迫られたばかりだ。
だけどこの胸の高なり。
こんなものは、感じた事がない。
くすぐったくて、落ち着かなくて、
自分の心臓なのに、まるで別の生き物のようだ。
意志を持った謎の生命体……
『それで? アユは何で……』
十和がそう言いかけた時だった。
列車はトンネルを抜け、真っ白な光に包まれた。
『太、陽……?』
目を開けていられない程の眩しさ。
車窓に広がるのは光のシャワーを浴びる田園達。
緑の稲が風に吹かれ、まるで海のように波打っていた。
『綺麗……』
こんな光景、見た事がない。
それ以上、言葉を発する事が出来ないくらい、魅入ってしまった。
『空、見てみなよ』
十和が顎(アゴ)で示した先。
そこには、一面の青空が広がっていた。
所々浮いている綿菓子のような雲。
空が透ける程、薄い雲。
逆に真っ白な厚い雲。
遠くの方には羊の毛みたいなモジャモジャっとした雲もあった。
こんな空を見たのは本当に久しぶり。
1年、いや、2年ぶりに近いかも知れない。
『ありがとう、十和』
気がつけば、私は自然と笑みを浮かべ、礼を口にしていた。
『どーいたしまして』
窓の外はきっと寒いだろう。
寒いはず。
だってもう12月なのだから。
でも私は暖かく感じた。
車内の暖房のせい。
着てきたコートのせい。
そしてなにより十和の笑顔が傍にあるから。
目の前に広がる空は澄み切っていて、透明で、
有りのまま、偽り無しで……
『アユは、青空の下の方が似合ってるよ? この空は俺の中のアユのイメージ』
いいや。
空が似合うのは貴方の方。
この青空は、私の中の十和そのものだった。