空色(全242話)
嬉しかった。
【青空の下の方が似合ってるよ】
十和にそう言われた事が。
まだ、まともな人間に戻れるかも知れない。
BabyDollを辞めて青空の下、まっとうに働けるかも知れない。
そんな思いでいっぱいになった。
『アユ、急いで』
小さな田舎の駅で降りると、十和は慌ただしく私を呼んだ。
『早くしないと空見えないよ』
もう青空は見たし。
これ以上の空があるのだろうか。
不思議に思いながらも、十和の後姿に続く。
顔に似合わず広い背中。
無駄な肉がなく、骨と良い具合についた筋肉。
まだ見ぬタトゥーの全体図はどうなっているのだろう。
左腕だけ?
それとも背中も?
どうでもいい事だが、妙に気になった。
『ねぇ、どこに行くの?』
タトゥーの事はともかく、行き先が気になって仕方ない。
スタスタと前を歩く十和に問い掛けてみた。
するとどうだろう。
十和は今までに見せた事のないような顔を見せた。
『海! 一面の青、見てみたくない?』
勝ち誇ったような得意げな顔。
私が見た事ない事を知っているのか。
少し見下したような不敵な笑みだった。
意外。
そんな顔もするのね。
『すごく見たい』
でも決して、似合わなくはない。
『んじゃ、急ご!』
十和は一変、無邪気な笑顔を見せるとまた私に背中を向けた。
それとほぼ同時だった。
今まで眩しい程の太陽がフッと消えたのは……
『ヤバ……』
私には十和の言った「ヤバイ」の意味が解らなかった。
……が、すぐに理解する事が出来た。
ザァーと冷たい雨が私達の足元を濡らしたのだ。
いや、足元だけじゃない。
髪も、顔も、衣類も……
『アユおいで』
十和の言葉に釣られてしまった私は、意志に反し、十和に肩を抱かれてしまってた。
少しでも濡れないように、自分の上着で私を庇ってくれる。
私達は寄り添いながら屋根のある場所を求めて走った。