空色(全242話)
冷たい雨が髪を濡らす。
濡れた髪からまた、雫が落ちた。
馬鹿な真似をしたと今更ながら気付く。
季節が冬という事をすっかり忘れていた。
海に着くまでに寒さで倒れてしまいそう。
十和は平気なのだろうか。
ちらっと十和の顔を見ると、微かに唇が震えていた。
私と一緒。
やっぱり寒いんだ。
『どうして、そうまでして海に行くの?』
もう空は晴れていない。
一面の青なんて見えないのに。
それでも、海へ向かう理由は?
『まだ、アユを帰したくないから』
『は?』
今何て……?
私を帰したくない?
何故?
『服着てメイクして。 そんで、あんな狭い箱じゃなく、外を歩いてる。 そんな特別な時間を、まだ終わらせたくないから』
満面の笑みを見せ、そう言う十和。
言い切った途端に恥ずかしくなったのか、頬を赤くし照れたように濡れた髪を握った。
馬鹿みたいよ?
ただそれだけの為に体を震わせ寒さに耐えている。
私なんてただの風俗嬢。
そこまでする価値なんて無いのに。
『寒いから、帰ろう』
私は十和から目を反らし、背中を向けた。
もう海には用は無い。
海は晴れた日に行けばいい。
【特別な時間を、まだ終わらせたくないから】
私だって、久しぶりに早起きして来た。
このまま帰るのは、勿体ない気がする。
家に帰ったってやる事もないし。
『家で温かい紅茶いれてあげるから』
再度、振り返ると十和は目を丸くして、言葉を失っているようだった。
『何? 私が招待したら可笑しい?』
『いや…… 俺、男だし一応』
あたふたしちゃって馬鹿ね。
どうせ何もしないくせに。
『十和は何もしないって信じてるの。 一応ね』
だから招待するのよ?