空色(全242話)
『おはようございます』
カウンターを濡れフキンでせっせと拭く藤原に、軽く頭を下げて奥へ進む。
進めば進む程、女の子達の笑い声がハッキリと聞こえた。
『やぁだー、美香ちゃんってば!』
ドアの前まで来た時。
誰かがそう声を出した。
当たり前だが、美香が来ているらしい。
【俺に気があんのかな?】
あいつの言葉が気にならないと言えば嘘になる。
そうでない事を願ってやまない。
もし幸成の言った事が正しくて、万が一にも藤原が気付いたら……
想像するのも恐ろしい。
きっと美香は、私の前から姿を消すだろう。
美香のいないBabyDollなんて、私にとって何の意味もない。
ただ辛い事だけの場所だ。
『私、お手洗い言ってくるねー』
部屋の中から一番、聞き慣れた声がする。
美香だ。
そのうちに私の目の前の扉が開き、いつもと変わらぬ美香が顔を出した。
『おっはよー、アユ』
手をヒラヒラさせ、満面の笑みを見せる美香。
いつもと同じその行動に、ホッとしてる自分がいた。
『何か寒いよねー、今日。 そのせいか何回もトイレ行きたくなってさ』
美香はヘヘっとバツの悪そうに笑うと、パタンと扉を閉じる。
『寂しいからアユもついてきてよー、トイレに』
二十歳になってまで連れションか?
その可笑しさについ笑ってしまった。
『あ、そういや幸成くん怒ってたよ? 待ちぼうけしちゃったって』
トイレに続く廊下を歩きながら美香が言った。
「幸成くん」
その単語に無くなった不安がまた蘇る。
【俺に気が……】
無い。
そんなはずないんだ。
美香に限ってそんな事……
『美香は好きなの? 幸成の事』
頭で否定しても、その質問を口に出さずにはいられなかった。
気になる事はハッキリしたいタチなんだ、私は。
『え……?』
そしていつも後悔する。
聞かなければよかったと……