空色(全242話)
オーナー達が去った後、何故か破れたベビードールから目が反らせなかった。
翌々、考えるとそれは初仕事の時に身につけていたもの。
「もう元には戻れないよ」
そう言われた気がした。
『戻ろっか。 皆が心配してるよ!』
しばらくして、美香はニッコリ笑うと私に手を差し延べた。
その白く優しい手を取り、私達は忌まわしい部屋を後にする。
今日は助かった。
でも明日の保証はない。
あの人がいるかぎり……
そう思ったと同時。
《キィーーッ ドンッ!!!!》
大きな音が物凄く近くで聞こえた。
店内は妙に騒がしい。
『アユ、行こう!』
美香はもう一度強く手を握ると、唯一、外へ出られる扉に向かう。
そこで見たもの。
それは……
『ッきゃーー!!!!』
身体はおかしな方向へ曲がり。
何処からか真っ赤な血を滴(シタタ)らす。
今、まさに息絶えんとするオーナーの姿だった。
『きッ 救急車!』
オーナーをはねた車のドライバーは、携帯で119番を押そうとするが、気が動転しているのか押し損(ソン)じて、携帯を道路へ落としてしまう。
落ちた衝撃で飛び出した電池パックは血溜まりに沈む。
【死んでいなくなってしまえ】
願ってはいけない事を願ってしまった、と思った。
それと同時に妙な安堵感。
私は体を覆うシーツの端を握りしめ、店内へ戻った。
『意識不明の重体だって』
『まじ? だってあの血だもんね~』
私がオーナーの状態を知ったのは、事故から2日後の事だった。
BabyDoll内はその話で持ち切り。
『でも良かったんじゃん? しばらく平和だし』
陰でそう言う者もいる。
正直、私だってホッとした。
しかし……
『お前ら、オーナーのいない間も気を抜くんじゃねーぞ。 オーナーが帰るまで、この俺に従うようにしろ』
私達の夢見た桃源郷は、脆く崩れ去った。
どうやら地獄は終わらないらしい……