空色(全242話)
美香からのメールの返事、
それはどうしても書けなかった。
今の私は美香の「大好きなアユ」ではないし、ただ美香を傷つけるだけの存在だから。
『おはようございます』
次の日の夕刻。
幸成の黒いセダンが、私の目の前で止まる。
運転席から幸成の勝ち誇った笑みが見えた。
いや、私の勝手な妄想だ。
私の目から幸成がそう見えるだけ……
彼はただ、挨拶程度に笑みを浮かべただけだった。
『今日は待ちぼうけせずに済みましたよ』
車が走り出してすぐ、幸成はそう言った。
バックミラー越しに目があった気がしたが、気のせいと思い込む事にした。
車を走らす事10分。
私は鏡に映る幸成に問い掛けた。
『美香の事、本気なの?』
昨晩から考えていた。
私への当て付けか。
それとも本気か。
『美香は本気だから、大事にしてあげて』
返答の無い幸成に対し、そう続けて話を終わりにしようとした。
しかし突然、車内は笑い声を響かせた。
『本気で言ってんの?』
振り返った幸成は笑っていた。
それが不気味で、鳥肌が立つ。
『あの程度の女に本気になるわけないじゃん、俺が』
……あの程度?
それは、美香の事を言っているのか?
『俺はアユが欲しいだけ。 アユが手に入るなら何だってするよ?』
【大好きなアユへ】
美香の書いたメールの文字が頭に浮かぶ。
美香は優しくて友達思いで、
そして可愛くて……
私なんか足元にもおよばない、素敵な女性だ。
『どっちが程度? あんたみたいなクズが美香を侮辱するな!』
美香を罵倒するものは誰だって許さない。
例え、自分の親でも。
『そういう気の強い所も好きだな。 でももう少し賢くなろうよ』
頭に血が上って気が付かなかった。
いつの間にか、車は人気の無い細道の路上。
極限まで隅に寄せて駐車されていた。
幸成がシートベルトを外し、シートを倒して私を見る。
鋭い目に睨まれ、身動き一つ出来ない。
『アユも美香ちゃんも、もう俺の手の中にいるって、気付いてる?』
……やられた。