空色(全242話)

『言ったでしょ? 絶対にあんたを手に入れるって』

幸成の長い指が、私の髪先を絡めとる。

「逃げなきゃ」
人間の本能でそう思い、鞄に手を伸ばす。

しかし鞄は幸成の倒したシートと座席に挟まれて抜けない。

逃げられないようにわざと?

『残念でした』

不敵な笑みを漏らすと同時、私の腕を強く引っぱる。
勢いに負け、上半身が運転席と助手席の間から前に倒れてしまった。

『痛ぅ……』

無理な体勢で伸びた脇腹の筋が痛む。
しかし幸成は遠慮無しに私の唇を奪った。

『ッ!!』

息苦しい程、強く唇を押し付けられる。

『嫌!!』

やっとの思いで顔を背ける事に成功した。

どうして、こんな事になってしまったの?
私が何をしたの?

『解らない……何でこんな……』

ようやく出た声は、喉から絞り出したように小さく、聞き取りづらい。
しかもその続きは、まだ呼吸が乱れていた為、声に出せなかった。

『満たされたいから』

『え……?』

質問への答えだろうか。
幸成はそれだけ言うと、シートを起こしてハンドルに手を乗せた。

満たされたい?
その言葉にどんな意味があるの?

『満たされる時が来るの?』

きっと私を手に入れても、幸成は満足しない。
また違う物が欲しくなる。

『さぁね、人間だから無いかもね』

そう。
人間とは、常に欲に飢えた生き物だ。

ゆっくりと動き出す車に揺られ、鞄に手を伸ばす。
自分の膝に置いて、ようやく落ち着く事が出来た。

『それより優しくしてあげてよ。 美香の事を』

せめて自分が出来る事。
それは、幸成が美香を傷付ける事のないように見張る事。

『本当、仲いいんだ。 それアユの弱点っすよ?』

私に「大好き」と言ってくれる美香にしてあげられる事は、
それくらいしか思いつかなかったんだ。
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