空色(全242話)
馬鹿だマヌケだと罵(ノノシ)ってくれていい。
どうしても無くしたくない物があるんだ。
『で? 何の用?』
店の裏口。
幸成の口から漏れる煙草の煙が、風に吹かれ高く上がる。
『美香に、何もしないで下さい……』
その煙が消えると同時、私は頭を下げた。
『意味不明なんすけど。 俺が何かしました?』
見下した視線。
苛々する。
『あんたと美香が仲良くしてる所、誰かに見られたら困るの。 この店は本当に厳しいから』
藤原にバレるものなら、美香は無事に済まない。
付き合っていた場合だけじゃない。
店の中に恋愛感情というものがあるだけで奴らは許さないのだ。
『何でそこまで厳しいのか知ってます?』
幸成は煙草を地面に放ると足で捻り潰した。
『オーナーのヤキモチらしいっすよ?』
『ヤキモチ……?』
そんな馬鹿な。
そんな我が儘な理由が有り得るわけがないだろう。
『今のオーナーがまだ若い頃なんすけどー、綺麗な女がいたみたいっすよ? この店に』
幸成は辺りを気にしてか少し声を小さくし、地面に座った。
私もすこし躊躇った後、やはり続きが気になり同じように座る。
『意外とアユも好きなんだね。 噂話』
『……違うし。 あんたが話したそうだから』
とりあえず言い訳してみるが、気になるものは、気になるわけで、
『で? 続きは?』
聞いてみてしまった。
こんな男と馴れ合うつもりなんてなかったのに。