空色(全242話)

馬鹿だマヌケだと罵(ノノシ)ってくれていい。
どうしても無くしたくない物があるんだ。


『で? 何の用?』

店の裏口。
幸成の口から漏れる煙草の煙が、風に吹かれ高く上がる。

『美香に、何もしないで下さい……』

その煙が消えると同時、私は頭を下げた。

『意味不明なんすけど。 俺が何かしました?』

見下した視線。
苛々する。

『あんたと美香が仲良くしてる所、誰かに見られたら困るの。 この店は本当に厳しいから』

藤原にバレるものなら、美香は無事に済まない。

付き合っていた場合だけじゃない。

店の中に恋愛感情というものがあるだけで奴らは許さないのだ。

『何でそこまで厳しいのか知ってます?』

幸成は煙草を地面に放ると足で捻り潰した。

『オーナーのヤキモチらしいっすよ?』

『ヤキモチ……?』

そんな馬鹿な。
そんな我が儘な理由が有り得るわけがないだろう。

『今のオーナーがまだ若い頃なんすけどー、綺麗な女がいたみたいっすよ? この店に』

幸成は辺りを気にしてか少し声を小さくし、地面に座った。

私もすこし躊躇った後、やはり続きが気になり同じように座る。

『意外とアユも好きなんだね。 噂話』

『……違うし。 あんたが話したそうだから』

とりあえず言い訳してみるが、気になるものは、気になるわけで、

『で? 続きは?』

聞いてみてしまった。

こんな男と馴れ合うつもりなんてなかったのに。
< 84 / 243 >

この作品をシェア

pagetop