空色(全242話)
『あ、アユー! どこ行ってたの?』
休憩室に戻った私にと、美香が慌てた様子で近付いてきた。
『ちょっと、ね』
「幸成と」
それは言えなくて言葉を濁しておく。
気のきかない人間だ。
何でいい言い訳を用意しておかなかったんだろう。
これじゃ美香に怪しまれてしまう。
『あ、それより! アユに指名だよ』
私の心配をよそに、美香は疑うそぶりもなく話を変えた。
よかった。
次からは考えて部屋に帰ろう。
『指名ってどんな人?』
『ほら、十和さん! アユ一筋なんだよ? アユが空くまで待つって言うんだもん』
『そう、なんだ……』
不思議だな。
「またか」と、そう思っていたのに今日は何だか違う。
会いたかったという程ではないが、十和の顔を見られるのが嬉しい。
まるで空を見に行った時のような感覚。
これは何?
何と言う名前の感情だろう。
解らないけど嫌な気はしない。
『こんばんわ。 どうぞー』
プレイルームの扉のノック音に笑顔で応え、扉を開ける。
するとそこには少し後ろに反り返る格好の十和がいた。
『何? どうかした?』
『いや、アユが笑ってるから』
『は? いつも笑ってるし』
おかしな人。
そんな事で驚かなくてもいいのに。
『ま、元気そうで良かったよ。 昨日の様子が変だったからさ』
すれ違いざま、十和はそっと、私の髪を撫でた。
かき上げられた髪がスルッと落ちる。
頬はくすぐったく。
同時に十和に対してのくすぐったい気持ちもいっぱいになった。
『心配してくれたんだ。 ありがとう』
私、ちょっと変かな?