空色(全242話)

こんなに顔が熱いのは、久しぶりだ。
多分、最後に熱くなったのは初めて客を相手した時。

私も純粋な時があったんだなと、今更ながら思った。


『愚痴でも文句でも聞くよ? アユがすっきりするまで』

十和はそう言っていつものように上着を私の肩にかける。

いつもと同じ香りにそっと目を閉じると、幸成のあの話が浮かんできた。

『十和……私ね、人に「死ね」って思った事あるよ』

それもごく最近。
オーナーの事故があった日の事だ。

『しかも本人の顔を見ながら強く。 そしたら本当に事故っちゃってさ』

お人よしの十和は、こんな私をどう思うだろう。

引くかな。
嫌いになるかな。

もう会いにきてくれないかな?

『ヤバイよね私。 動かないあいつ見てホッとしたもの。 良かったって』

でも結局一緒だった。
オーナーがいなくても藤原がいる。

藤原は、いつかオーナーが帰ってくる日のため、この店を導いていくだろう。

自分達の理想へ……

『ま、そんなんだから、私に優しくしなくていいよ』

私は癒し系なんかじゃない。

それは十和の私への妄想。
勝手すぎる理想だよ。

『俺もアユと一緒だよ』

……え?
予期せぬ言葉に驚き、顔を上げる。

するとそこにあったのは、真っ直ぐに私を見つめる、ビー玉のような瞳。

『「死ねばいい」って。 俺も思ったよ』

透明で綺麗な、その瞳の持ち主から、そんな言葉が出るなんて……

『死んでいい人間。 1人くらいいる、と、いつも思ってた』

思ってもみなかったんだ。
< 89 / 243 >

この作品をシェア

pagetop