空色(全242話)
こんなに顔が熱いのは、久しぶりだ。
多分、最後に熱くなったのは初めて客を相手した時。
私も純粋な時があったんだなと、今更ながら思った。
『愚痴でも文句でも聞くよ? アユがすっきりするまで』
十和はそう言っていつものように上着を私の肩にかける。
いつもと同じ香りにそっと目を閉じると、幸成のあの話が浮かんできた。
『十和……私ね、人に「死ね」って思った事あるよ』
それもごく最近。
オーナーの事故があった日の事だ。
『しかも本人の顔を見ながら強く。 そしたら本当に事故っちゃってさ』
お人よしの十和は、こんな私をどう思うだろう。
引くかな。
嫌いになるかな。
もう会いにきてくれないかな?
『ヤバイよね私。 動かないあいつ見てホッとしたもの。 良かったって』
でも結局一緒だった。
オーナーがいなくても藤原がいる。
藤原は、いつかオーナーが帰ってくる日のため、この店を導いていくだろう。
自分達の理想へ……
『ま、そんなんだから、私に優しくしなくていいよ』
私は癒し系なんかじゃない。
それは十和の私への妄想。
勝手すぎる理想だよ。
『俺もアユと一緒だよ』
……え?
予期せぬ言葉に驚き、顔を上げる。
するとそこにあったのは、真っ直ぐに私を見つめる、ビー玉のような瞳。
『「死ねばいい」って。 俺も思ったよ』
透明で綺麗な、その瞳の持ち主から、そんな言葉が出るなんて……
『死んでいい人間。 1人くらいいる、と、いつも思ってた』
思ってもみなかったんだ。