空色(全242話)
『最高だったよ。 絶対にまた来るね』
男は気の晴れたようなスッキリとした笑みを見せて、私の肩を撫でる。
角質の厚くなった掌(テノヒラ)はザラザラと、何だか気持ちが悪かった。
『また来て下さいね』
笑顔は引き攣っていないだろうか。
客が帰る時、いつもそう思う。
シンと静まり返った部屋で一つ溜め息をつく。
これは自分を取り戻す唯一の方法で、小さな溜め息と共に嫌悪感が襲うのだ。
この手が男に触れた。
この体が男を喜ばせた。
この口が男のものをくわえた。
先程の仕事ぶりを自分で復習するかのように、頭の中で流れるのだ。
そして最後は肺が痛む程の大きな溜め息で締めくくる。
また、次の客へと気持ちを切りかえるために。
『お疲れ様でした』
午前0時。
本日、十和を含め、二人を相手にし店を出る。
店の前には、黒の乗用車が路肩に寄せて止まっていた。
もちろん幸成の車だ。
『送ります。 乗ってください』
幸成は後部座席の扉を開けると、先に美香を車内へ。
『ありがと~』
美香は誰の目から見ても嬉しそうな顔で笑う。
あれが恋をしている者の顔か……
なんて事を思いながら、私も車に乗り込んだ。
『今日はどうでしたー?』
車を走らせると同時、
幸成はバックミラー越しで私達に問い掛ける。
『相変わらず。 最近はハズレが多いよ』
すかさず答えた美香。
確かに今日の美香の客は大ハズレだった。
なんでも、着ていたものを破られてしまったそうだ。
『アユさんは当たりっすよね? 若い客で、しかもイケメンですし』
十和の事だろうな。
幸成は、どうしても十和が気になるらしい。
『別に。 お客さんなんて皆同じだよ』
深く突っ込まれないよう、そう答えておく。
次の言葉が返る前に寝てしまおうと、窓に頭を任せ目を閉じた。