おひとつ、屋根の下ー従兄弟と私の同居生活ー
「ショックだって顔してる」
「……ショックだよ。退いて、達久」
「やだね」
「こんな子じゃなかったでしょ、あんた。もっと優しかったのに」
「ミコ姉、悲しいことに人って変わるんだよ」
頬を乱暴に撫でつけられて、ぞくりと背中が震えた。これから何をされるのだろう。
殴られるのか、蹴られるのか、そんな嫌な想像しかできなくて、ただただ涙目で達久を睨んだ。達久は何を思ったのかゆっくりと眼鏡を取ってから真っ直ぐに私を見据えた。
「……ミコ姉って、残酷」
「なにがさ。残酷なのは達久の変わりようの方だよ」
そう言うや否や達久の右手が私の両目を覆った。真っ暗な闇の中、聞こえたのは達久の声だけだった。
「……黙って」
そこから先、私の五感は唇に触れた熱だけを感じていた。
カサつく唇が触れ合って、熱を孕む。一度離れては、もう一度触れて、唇が触れる音が耳にこびりつく。
真っ暗だと、相手が分からなくて良い。
逃避したい頭は、かろうじてそんな逃げ道だけを用意した。
去り際にぺろりと唇を撫でたざらりとした感触に、叫びたいほどの哀しみが襲う。
……これじゃあ、許せない。
そう感じたところで、達久は私の身体の拘束を解いた。
涙がひとつ頬を伝ったのが分かった。
眼鏡をかけ直した男をぼうっと見つめて、この人が私の知らない人だったらいいのにと思った。
「……二年前のキスを無かったことにしても、またキスされたら世話無いよね」
冷たく笑ってそんな事を彼は言う。