おひとつ、屋根の下ー従兄弟と私の同居生活ー
すぐに二階から降りてきた達久は、これ、と言って手のひらに乗るくらいの大きさのクマのぬいぐるみを差し出した。
カフェオレ色で、まん丸の目をしたクマに忘れていた思い出が蘇る。
達久を見上げて、強張ったその顔に納得した。
あの時のものだ。
二年前、私たちの最初で最後の小旅行。
これはその時に“拾った”ものだ。
「……よく持ってたね」
「俺には捨てられない」
それは暗に、“私なら”捨てられる”ことを意味していたけれど。
「……私もまだ、」
捨てられない。
ましてやこの家の鍵につけるなんて、できそうにない。
「ごめん、もう少し、持ってて」
差し出されたそれを手のひらごと突き返すと、静かに「分かった」と達久が言った。
「じゃあ、こっちでもつけといて」
代わりに差し出されたのは、ショッキングピンクに縦縞が入ったサッカーユニフォームのキーホルダーだった。真ん中に大きく10という背番号がプリントされている。
「うわ、出たよ桜川モスコミュール!ほんとふざけた名前だよね、あんたまだ好きなの」
桜川モスコミュールとは地元のプロサッカーチームである。
私はそもそもそこまでサッカーが好きなわけではないのだが、達久のせいで何度スタジアムに足を運んだか知れない。
すると達久は得意げに眼鏡を押し上げて語り始める。
「それでもこの前J1に昇格したんだからな。ちなみにそれはキャプテンの小田切のユニフォームでーー」
「可愛いキーホルダー見つけるまでの繋ぎに使ってやるか……」
「小田切に謝れ!」
サッカーの話を流しつつしぶしぶキーホルダーを付けてから、早くどっかに買いに行かねばと心に決めたのだった。