おひとつ、屋根の下ー従兄弟と私の同居生活ー
「それは……」
困るといえば困るけれど、私が困ろうが達久には何の関係もない。
それよりも、と思う。
……さっきあんな風に達久に悲しい顔をさせた私に、そんなふうに優しくしてもらう権利があるのだろうか。
「だから、今回だけ」
そう言ってコンビニに入って行く達久を慌てて追う。
カップラーメンのコーナーで、きつねうどんを物色しているその背中に、どんっと体当たりした。
そのまま顔を見られないように、そのTシャツをぎゅっと掴んで顔を埋めた。
懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。
ひなたの匂い、達久の柔らかい匂い。
なんだか猛烈に悲しくなった。
この匂いを当たり前に手にしていたあの頃は、まさか何年か後にこんなふうにギスギスした関係になっているだなんて思いもしなかっただろう。
達久の匂いだって、感触だって、……優しさだって、全部なんの含みもなく甘受できていたあの頃が懐かしくて胸の奥がふるりと揺れた。
「なんでそんなふうに優しくしてくれるの」
今はもう、達久が向けてくれるどんな感情にも「なんで」ばかりが付きまとう。
きっと達久にとっての私も同じだ。
一緒にどこかに出かけることすら、理由が必要になってしまった。
自分を、貴方を、納得させるだけの理由が。
達久は、振り返る素振りもなく、そのままの体勢で語り出す。
「……いまさら、罪悪感が湧いたんだと思う。
二回もあんなことしたせいで、一緒にいるのだって嫌悪されて、……酷いことしたって自覚がやっと湧いた」
その言葉を自分の中で噛み砕いてゆく。
やはり彼は傷付いていたのだ。一緒にいることを嫌だと言った、私の言葉で。
喉が詰まったように苦しくなった。
それが結果的に一緒に出掛けてくれる理由になったとしても、傷付けていい理由になんかならない。
今すぐごめんと謝って、一緒にいるのだって、思っていたより嫌ではないと伝えたかった。あの台詞は売り言葉に買い言葉のようなもので、深い意味など無かったのだと。
けれどそれでは、なんて都合が良い女なのだろう。
一回出てしまった言葉は戻らないのだ。
いくら別の言葉でそれを拭おうとも、傷付けてしまった傷は残る。
いまさらやっぱり嫌いじゃないと言ったって、慰めや同情の類のような嘘くさい言葉になってしまう気がした。