おひとつ、屋根の下ー従兄弟と私の同居生活ー
そこに晴子さんが、パタパタとスリッパの音を響かせて戻ってきた。
手には幾つかの男物の浴衣がある。
「お父さんのはそんなに種類ないんだけどね、それでも3つ見つかったから、好きなの選んでちょうだい」
ひとつは薄い灰色に紗綾形のもの。
もうひとつは紺地に格子縞が入ったもの。
最後のひとつは黒地に白い縦縞しじらのものだった。
「ぜんぶ綺麗だね、男物なのに繊細な感じ」
「でしょう? ハマった時期があったのよねえ、浴衣ってそこまで高くないから集めやすくて」
「達久、どれにするの?」
横を見ると、達久は迷わずにひとつを指差した。
「これ」
「へえ、そういうのが好きなんだ」
真ん中のその紺色の浴衣は、品があるものの、一番地味で暗い印象のものだった。
今の達久だったら、背も高くなったから何を着ても様になるだろうが、昔の彼だったらきっと黒を選ぶ気がした。
なんだって黒が良いのだと、そうはにかんだ小さな男の子が脳裏に浮かぶ。
「達久がそっちにするなら、ミコちゃんは紺じゃない方がいいわね」
「……え?」
晴子さんがそう言って脇に寄せた紺色に椿柄の浴衣は、私に一番似合うと言ったもの。
なんで、と首をかしげると晴子さんは笑った。
「二人でお祭りに行くんだったら、同じ色の浴衣で行くのは色味がおかしいでしょう。
達久が紺にするんだったら……ほら、この白に牡丹が映えるわね」
そう言って、達久の紺の浴衣の隣に、私が一番着たかった浴衣が並べられた。
なるほどそれは、まるで初めから決まっていた綺麗な対のようによく映える。
「あ……」
驚いて達久を振り返る。
私の視線なんてまるきり気付いていないふりをして、達久は二つの浴衣を眺めていた。
……わかっていて、紺を選んだんだ。私が上手に白を選べるように。
不器用な優しさが、胸を打った。
だってそうだ、達久はそういう男の子だった。
「……本当は黒がいいくせに」
そんな憎まれ口を叩く私にだって気付かないふりをして、彼は口の端だけを緩やかに持ち上げた。