誰かのための物語
その日の部活から、僕は二、三年生の練習に復帰した。AチームとBチームによるゲーム形式の練習だ。僕はもちろん、AではなくB。

一年生と練習していたグラウンドの端と、今立っている中央では、世界が違った。

僕は、ドキドキしていた。整形外科の先生が言っていたように、まだ右手の痛みはあったが、プレーできないほどではなかった。

ただ、一カ月のブランクは僕の予想以上だった。ギプスを巻いているときも下半身のトレーニングや走り込みは続けてはいたけど、練習の後半になると息が上がり、足はずっしりと重く、思うように動かなくなった。

相手が、追えない。得意に思っていたディフェンスも、相手のボールにかすりもしなくなった。練習が終わる頃には、僕の身体はボロボロだった。そして、心も。

――ここまで、力が及ばないとは。

ただでさえスタメンになれていなかったのに、それに加えて怪我のブランクだ。嫌でも焦る気持ちが湧いてくる。

人数は決して多くない部活。その中で、三年生でスタメンではないのは僕だけだ。

パスやドリブルが苦手だということや鈍足であることが致命的だった。そんな僕の

ウィークポイントが、今日この久々の練習でさらに際立ってしまった。

「おい日比野、どうや調子は」

遠山とおやま監督が練習後に声をかけてくれた。関西弁を話しているが、そちらの出身ではない。ただ、関西の大学に通っていたことでそのしゃべり方が移り、今でもそのままなのだという。

「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

手をブラブラさせながら、治ったことをアピールする。しかし、監督の目は鋭い。

「まだ痛むんやろ」

「……はい、すみません」

プレーの内容から、僕が強がっていることを察したのだろう。

彼は、たとえBチームの選手であろうが、一年生であろうが、全員をよく見ていた。そして、全国大会に行くというチームの目標を達成するための可能性を、全員から公平に見出そうとしていた。そのことを、三年目になる僕は理解している。

だからこそ、僕はスタメンになんてなれないと確信する。

今の僕は、どう考えてもチームにとって役に立つ存在ではない。
< 18 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop