誰かのための物語
「さっきはやられたよ」


 休憩中、相良は笑いながらそう言うと、水を一口飲んだ。


「まぐれかもしれないけど、ああいうプレーををずっとしたいと思ってたんだ」


「怪我治ってからも、毎日朝練がんばってるもんな。

日比野、なんか変わったよ。
焦りがなくなったっていうか、周りがよく見えてるっていうか」


相良は、長い両手を上げて大げさに驚いたような素振りを見せた。


「ようやく体力も持つようになった感じするよ」


僕は、自分が疲れにくくなっていることも感じていた。

「うん。そりゃよかった。
その調子でどんどんいけよ。早く一緒に試合出たいし」



「がんばるよ」


水は僕の喉をすっと通っていき、さっぱりと潤してくれる。


「おい日比野」

 給水ボトルをかごに戻しているところで、遠山監督が声をかけてきた。

「休憩明けから一回Aチームに入ってみい」

「えっ! 本当ですか」

 思いがけない言葉だった。
「嘘なんか言わへんわ。ディフェンダー、樋口と交代な」


「は、はい!」

「やったじゃん、日比野!」




相良が、自分のことのように喜んている。


今まで逃げていた自分が、一歩を踏み出すことができた気がした。
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