誰かのための物語
そのあとは展示を見て回りながら、たくさん話をした。

いつもは学校や電車でしか話さないので、とても新鮮だった。

いつもの美術館と、今自分がいる場所が同じ場所には思えないほど、ひとりで来ているときと感覚が違った。


――これ、すごいね。綺麗だね。

――どうやって作ったんだろうね。

――こんな作品を作ろうと思うなんて、芸術家はすごいね。



ひとりでいるとき、心の中でつぶやいていた言葉が、実際に声になる。

そして、僕の気持ちを森下さんに受け止めてもらえる。


同じ気持ちを共有できる。それが、とても心地よかった。



小学校へ上がる前、両親とここへ来ているときも、
きっとこんな風にたくさん話していたんだろう。

自分の感動を、両親に伝えたかったに違いない。



一番のお気に入りの作品は、天井のない部屋。

見上げると、そこは四角くくり抜かれている。


展示物は、なにもない。

窓も張られてないので、天気の悪い日には当然、部屋の床は雨に濡れることになる。


今日はよく晴れた日だったし、風もあったから、見上げた自然の絵画は忙しくその姿を変えた。


吸い込まれそうな美しい青と、絵の具を垂らしたような真っ白な雲。

そのふたつのコントラストが綺麗だった。


もちろん、雨の日も天井の四角い形に合わせて雨が降り注ぐのを見るのがおもしろかったし、
曇りの日も少しずつ変わる雲の様子を見られるから、とてもいい。


時々晴れ間が見えると、嬉しい気持ちになる。
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