誰かのための物語
ずっと見ていると緊張するので、僕は目線をまた景色に向けて答えた。


「小学生に上がってからのことは、やっぱり思い出せないな」


でも、と僕は続ける。


「すごく懐かしい気持ちになったし、
なんだか森下さんが言ってたように、諦めない限りいつか絶対記憶は戻るって思った」


「そうなの? それは、どうして?」
 

また彼女の視線を感じる。

なんだか彼女の瞳は、見つめたら吸い込まれそうになる。



「説明しづらいけど、本当にそう思ったんだ」



僕はそれだけ口にして、そろそろ行こうかと言ってからひとつ伸びをした。





なぜ、記憶がいつか戻るって確信できたのか。


その理由を心の中で探っていた。


小学生の頃もきっと、こうやって両親と一緒に美術館や庭園に来ていた。


今、僕は森下さんと一緒に回っていて温かい気持ちを感じることができた。

そして、記憶がないのに、両親が僕のそばで一緒に美術館を回っているような気持ちになった。





記憶のない頃の自分がまったく消えてしまっているならば、
この気持ちはありえない。


そう、思ったのだ。
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