誰かのための物語
「日比野」
「やあ、相良さがら」
片づけをしていると、同じクラスでチームメイトの相良翔太が話しかけてきた。
辺りはもう暗い。サッカー部は、学校の中でも練習が終わるのが一番遅いのだ。
相良は、高校生になって初めてできた友達だ。百七十センチの僕より頭ひとつ大きく、爽やかな黒髪に小麦色に焼けた肌をしている。足は速いし、サッカーのセンスもいい。
僕にはないものをたくさん持っているのに、仲間思いでちっとも嫌味な感じがしない。僕はそんな彼のことを、信頼し尊敬していた。
「今日も激しくやってたね」
僕がそう言うと、相良はタオルで汗を拭きながら言う。
「ああ、だいぶね。日比野はどう?右手の調子」
そう言われて右手に視線を落とす。真っ白な蚕かいこみたいなものが、相変わらず巻き付いている。
「ホントごめんな、俺のせいでこんなことになってさ」
相良は申し訳なさそうにそう言った。
「いや、あれは僕が勝手に自滅じめつしただけだから!むしろ相良の邪魔しちゃったというか……」
そう、僕が助けようとした仲間の選手というのは、相良のことだ。大切な仲間を助けようととっさにしてしまったことだけど、冷静になって考えれば、彼なら相手をスラリとかわして前進することも可能だっただろう。
「そんなことねぇよ。むしろサンキューな。あぶね!って思ったときに日比野がフォローに来てくれたの、嬉しかったよ」
相良がそう言って照れくさそうに笑うから、僕もつられて笑顔になる。僕は、相良に手を見せて、大丈夫と言った。
「痛みは、もうほとんどないよ」
相良は胸を撫で下ろして、よかった、と言った。
「ただ、やっぱり利き腕だから不便なんだ。早く二、三年の練習に参加したいよ」
「そうだろうね。でも休憩中に見たけど、一年生だいぶうまくなってるって思ったよ。日比野、教え方うまいんだな」
相良は、爽やかに笑いながらそう言った。ほかの人が言うと嫌味に感じるのだろうけど、彼からはそういったものはまったく感じられない。
「一年生のやる気がすごいんだよ」
僕の目は自然と相良のユニフォームを見ていた。土埃をかぶって全身が汚れた姿。それが、練習の激しさを物語っていた。対照的に自分の服はほとんど汚れがない。
相良は、二年生のときからAチームのスタメンだ。対して僕はBチーム。去年三年生が引退してからも、試合にスタメンで出たことはない。最後となる今年は、やっぱりスタメンで出たい。そんな思いで必死にやっていた中での怪我だったから、ショックが大きかった。
「あー、早く、日比野のタックルを受けたいわ」
「……あれかな。相良はマゾなの?」
「違う違う。今、Aチームの練習相手ってほぼ二年生じゃん。まだ未熟だから、あんまり練習にならないんだよね。簡単に避けられるっていうか。それにひきかえ日比野は強烈だから、試合の感覚にすごく近くなるんだよ」
そう言うと、相良は給水のボトルを僕に手渡した。
誰にでも、プレーによって得意不得意がある。僕の場合は、相手からボールを奪う
ためのスライディングタックルだけは得意だった。逆に言えば、そのほかのドリブルやパスなどは苦手。シュートに至っては練習以外で放った例もない。
僕はそんな自分を選手として未熟だと思っていたけれど、相良にひとつでも一目置かれていることは素直に嬉しかった。
僕は相良からもらった水を一口飲む。自分も激しく練習に参加していた頃とは、違う味がする。喉に染み渡る感覚がなく、美味しく感じない。
「そういうことなら、早く治さないとね。復帰したら相良んところに一番にタックルにいくから」
「そう言われるとこわいわ!」
そんな冗談めいたやり取りをしながら、怪我をしていなかったら、今頃僕のユニフォームも土だらけになっていたんだろうと、ぼんやり思う。今僕が着ているそれは、まるで新品だった。
「やあ、相良さがら」
片づけをしていると、同じクラスでチームメイトの相良翔太が話しかけてきた。
辺りはもう暗い。サッカー部は、学校の中でも練習が終わるのが一番遅いのだ。
相良は、高校生になって初めてできた友達だ。百七十センチの僕より頭ひとつ大きく、爽やかな黒髪に小麦色に焼けた肌をしている。足は速いし、サッカーのセンスもいい。
僕にはないものをたくさん持っているのに、仲間思いでちっとも嫌味な感じがしない。僕はそんな彼のことを、信頼し尊敬していた。
「今日も激しくやってたね」
僕がそう言うと、相良はタオルで汗を拭きながら言う。
「ああ、だいぶね。日比野はどう?右手の調子」
そう言われて右手に視線を落とす。真っ白な蚕かいこみたいなものが、相変わらず巻き付いている。
「ホントごめんな、俺のせいでこんなことになってさ」
相良は申し訳なさそうにそう言った。
「いや、あれは僕が勝手に自滅じめつしただけだから!むしろ相良の邪魔しちゃったというか……」
そう、僕が助けようとした仲間の選手というのは、相良のことだ。大切な仲間を助けようととっさにしてしまったことだけど、冷静になって考えれば、彼なら相手をスラリとかわして前進することも可能だっただろう。
「そんなことねぇよ。むしろサンキューな。あぶね!って思ったときに日比野がフォローに来てくれたの、嬉しかったよ」
相良がそう言って照れくさそうに笑うから、僕もつられて笑顔になる。僕は、相良に手を見せて、大丈夫と言った。
「痛みは、もうほとんどないよ」
相良は胸を撫で下ろして、よかった、と言った。
「ただ、やっぱり利き腕だから不便なんだ。早く二、三年の練習に参加したいよ」
「そうだろうね。でも休憩中に見たけど、一年生だいぶうまくなってるって思ったよ。日比野、教え方うまいんだな」
相良は、爽やかに笑いながらそう言った。ほかの人が言うと嫌味に感じるのだろうけど、彼からはそういったものはまったく感じられない。
「一年生のやる気がすごいんだよ」
僕の目は自然と相良のユニフォームを見ていた。土埃をかぶって全身が汚れた姿。それが、練習の激しさを物語っていた。対照的に自分の服はほとんど汚れがない。
相良は、二年生のときからAチームのスタメンだ。対して僕はBチーム。去年三年生が引退してからも、試合にスタメンで出たことはない。最後となる今年は、やっぱりスタメンで出たい。そんな思いで必死にやっていた中での怪我だったから、ショックが大きかった。
「あー、早く、日比野のタックルを受けたいわ」
「……あれかな。相良はマゾなの?」
「違う違う。今、Aチームの練習相手ってほぼ二年生じゃん。まだ未熟だから、あんまり練習にならないんだよね。簡単に避けられるっていうか。それにひきかえ日比野は強烈だから、試合の感覚にすごく近くなるんだよ」
そう言うと、相良は給水のボトルを僕に手渡した。
誰にでも、プレーによって得意不得意がある。僕の場合は、相手からボールを奪う
ためのスライディングタックルだけは得意だった。逆に言えば、そのほかのドリブルやパスなどは苦手。シュートに至っては練習以外で放った例もない。
僕はそんな自分を選手として未熟だと思っていたけれど、相良にひとつでも一目置かれていることは素直に嬉しかった。
僕は相良からもらった水を一口飲む。自分も激しく練習に参加していた頃とは、違う味がする。喉に染み渡る感覚がなく、美味しく感じない。
「そういうことなら、早く治さないとね。復帰したら相良んところに一番にタックルにいくから」
「そう言われるとこわいわ!」
そんな冗談めいたやり取りをしながら、怪我をしていなかったら、今頃僕のユニフォームも土だらけになっていたんだろうと、ぼんやり思う。今僕が着ているそれは、まるで新品だった。