誰かのための物語
終業式のあとも、サッカー部は練習を行った。今日は、ずっとBチームでの練習
だった。僕は試合で感じた自分の課題に意識を集中させた。
 自分のチームが攻撃に転じるとき、守るだけではなく僕もゴールに向かわなくては
いけないのだ。その気持ちはあるのだが、技術がその気持ちに追いつかなかった。
ボールを奪っても、そのあとのパスがうまく通らない。ドリブルでも相手を抜けない。
 そんな調子で僕は、チャンスを活かしきれずにいた。Bチームはその日、得点を入
れることができなかった。
「日比野、これからどうする?」
 練習終わりに相良が声をかけてきた。
「もうちょっと練習していこうかな」
「がんばるね」
 相良はそう言いながらも、付き合うよ、と言ってボールを用意した。
「パスの練習だろ?」

「……よくわかるね」
 相良には、なんでもお見通しだなあと僕は思う。
 今日、あれだけ失敗していたんだから、当たり前か。
「まあね」
 僕らは距離を置き、お互いにパスを出し合う。相良のパスは、スピードがあるのに
すごく受け止めやすい。距離やパスを出す試合の場面によって回転のかけ方を変えて
いるのだ。
 その理屈はわかるけど、簡単に真似することはできない。
「今日は見苦しいところを見せたね」
「ミスしてたこと? いや、俺からすればむしろ日比野はかっこいいって思ったぞ?」
 その言葉に驚き、動揺し、パスが狂った。
「ごめんっ」
 僕がパスを打った瞬間にもう動き出していた相良は僕の逸れたボールを難なく受け
止めた。
「かっこいいっていうのは、相良みたいなプレーができる奴のことを言うんだろ? 
僕なんて全然じゃんか」
 僕がそう言うと、相良は「違うよ」と言って僕にパスを出した。

< 81 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop