恋人は魔王様
どれほどぼうっとしていたのか。

桧垣はここでようやく私たちに気づいたようで、ようやくこちらに焦点を合わせた。
カーテンも開けず、電気もつけてないこの部屋は昼間というのに、薄暗く、空気さえ影を纏っていた。

「何ですか?」

虚ろな、瞳で。
彼は驚くこともなく、突然現れた見知らぬ男にそう問うた。

「あ、俺。
悪魔であって天使ではないから。
君を楽にするために迎えに来てあげたわけじゃないよ。
誤解の無いように、宜しくね」

気の良い転入生のような、明るい声およびおよそ一般人には理解しがたいその内容は明らかにこの部屋には場違いだった。

入学式のとき全校生徒の前ではきはきと喋っていた生徒会長とは、今はもう別人。

「会長?」

私は不法侵入の罪悪感すら忘れて、思わずドアの中へと足を進めた。

「ああ、早乙女さん」

ぎゅっと、膝の上においていた手がコブシを握った。

「君が、亮介の餌食にならなくて本当に良かった」

疲れた声は棒読みのようにそう言った。

「亮介?」

首を傾げる私に

「桧垣亮介、桧垣颯太の弟の名前」

と、出来の悪い部下を諭すような口調でジュノが囁いてきたのが何だかおかしかった。

「餌食って何ですか、会長。
良かったら、外でお話しません?」

私は誘ってみる。
ここは暗いし、空気が淀んでいた。

いいや、と、桧垣が首を横に振る。

はらはらと、細い髪が揺れた。
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