恋人は魔王様
14.罠にかかったパブロフの犬
差し出された手を、掴んだ私は、ジュノがおびえた顔で

「マリア様?」

と、言うまで気づかなかったの。

それが、どんなに細い指か。
その爪が、真っ赤なマニキュアに彩られていることとか。

そこに、どれほどの悪意が篭められているか、ということも。


「なぁに?ジュノ」

私がはっと気づいたときには、細く美しい魔界のその人は優美な笑顔を口元に浮かべていた。
私の手を掴む強さは、正直、常人のそれよりはるかに強く、私は手を引っ込めることすら出来ずにいた。

傍から見れば、私たちは仲の良すぎる女友達同士に見えるかもしれない。

「こんにちは、ユリアさん」

マリアの確実に悪意を埋め込んだような、その笑顔と挨拶に私はどういう返しをすればよいのか見当もつかず

「は、はぁ……」

と、かなり間抜けな返事をしたのだった。

「私、貴女がこちらに来るのをお待ちしていましたの。
前回、もっとゆっくりお話をしたかったのだけれど、魔王の邪魔が入りましたから」

「は、はぁ……」

っていうか、前回私のこと小猿とかって言ってませんでしたっけ?!

と、言いたいのだが、迫力に飲み込まれて上手く口が回らない。

「ジュノ?
どうせ告げ口するなといっても、言いにいくのでしょう?
貴方はあの方の忠実な部下ですものねぇ」

やれやれ、と、困った後輩を見守る良く出来た先輩のようにマリアは肩をすくめる。
ジュノは返事も聞かずに、螺旋階段を一目散に上へ上へと上がっている。

私は、と言えば。
片手を握られたくらいで、まるで身動きが出来なくなっていた。

「本当に人間って弱いわよねー。
どうして、アイツはこの呪縛から逃れられないのかしらね」

マリアは、まるで人形みたいに呆然としている私を見て、真っ赤なルージュの良く似合うその唇で嫣然と笑いながら独り言のように呟いていた。
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