恋人は魔王様
『ダメっ、絶対にダメっ』

その時。
頭の中に、突然、麻薬撲滅キャンペーンのキャッチフレーズを髣髴(ほうふつ)とさせるような言葉が響いた。

あまりのことに呆気に取られる。



それは、聞きなれたキョウの声ではなく。
何故か郷愁を覚えるような女性の声だったのだから。

この世に、否、魔界に私の知らない悪魔は五万と居ると思う。
でも、郷愁を誘われるような悪魔は万に一つも居ない、と、思うんだよね。

しかも、胸の奥で危険を現す赤色灯(せきしょくとう)が点滅しはじめる。

あ、一般的に言うところの胸騒ぎね。


「魔王は昔、人だったのよ」

私の動揺を無視して、マリアが喋り始めた。


そのとある男の人は、誤解により悪魔の怒りに触れて獣の姿に変えられてしまった。
決して死ぬことの出来ない哀れな獣は人目を避け、山の奥でひっそりと暮らすほかなかった。
とても、とても長い間。
その獣がある日偶然見つけたのが、これまた天の力によってありえないほど長い間咲いていたユリの花だった。
ユリの花は長い間咲きすぎて、ついに、妖精に姿を変えることが出来るようになった。
狂いそうなほど長い時間孤独に生きていたモノ同士が心を通わせるようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
そして、事情を知ったその妖精が男を可哀想に思って自らの力の全てを使って、獣を人の姿に戻したという。

ユリの花の勝手な行動を怒った神様は、その魂を人間界へと送り込んだ。
とある男の人を、仲間が誤ってあまりにも長い間獣に変えていたと気付いた魔界の王は、反省しその男の魂を魔界へと呼び寄せ、しかも自分の後継者へと仕立てたのだ。



なんていうか、とても陳腐な昔話。
そう、これはきっと、良くある昔話。

私は耳を滑る言葉を、そう理解しながら聞くほかなかったの。



どれほど、胸が痛んでも。


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