恋人は魔王様
どこかで見たことのある、人がごった返す橋を抜け、私たちは陽気な人たちで混みあったレストランの一つに入った。

メニューはもちろん読めないのでキョウ任せなのだが、振舞われる魚介類のスープやパスタはどれもこの上なく美味しい。

最後に、デザートのジェラートを頬張りながら、イタリアの伊達男のように濃いエスプレッソを優雅に飲んでいるキョウを見る。

「あのさ。
魔界の食べ物を食べると人間界に戻れない、なんていう決まりはない、よね?」

きっかり10秒、キョウがぽかんと私を見つめていた。
そして、クツクツと喉を鳴らして笑い出す。

散々笑った後、

「本当にここが何処か分かってないの?
リアルト橋、知らない?」

と言って、さらに秀逸なコントを見終わった直後のように爆笑している。

う~~~~。
腹が立つ!
なんていうか、馬鹿笑いしている姿でさえ、いちいちイけてることに、さらに腹が立つ。

世界に何千とある橋の名前、いちいち暗唱している人なんてそうは居ないと思うのよね。

散々笑ったキョウは、ぷくっと膨れる私の頬に長い指先を伸ばして撫で、

「怒らない怒らない。
ラテンの国に怒った顔は似合わないよ。
アドリア海の真珠と言われるこの街を案内するから、ね?」

と、からかうような笑みを浮かべて私を宥めた。


< 145 / 204 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop