恋人は魔王様
もっとも。
私のサイテーという心のボヤキなど完璧にスルーな魔王様はご機嫌に私をエスコートしてくれた。

いちいち周りの視線が鬱陶しかったのだけれど、慣れてくるとそれすら快感になってくるから恐ろしい。

キョウはすぐに小さなゴンドラを捕まえて(私は知らなかったんだけどこれはトラゲットというもので本来は乗り合いで使うものなんだって!)、しばらく運河を進む。
イタリア語も堪能なので、やりとりに問題はないようだった。
ボーダー服の似合う陽気な船頭さんは、私たちのためだけにカンツォーネを歌ってくれる。

「Buon matrimonio!」

ゴンドラを降りるところで、ヒュウっと口笛まで吹いてくれた。

「Grazie」

キョウはにこりと微笑んでみせる。……どころか、私を捕まえてその唇に軽くキスをした。

「一応確認してみるんだけど、船頭さんになんて言ったの?」

イタリア語がまるで分からない私は、仕方なく質問する。
キョウは、いたずらっ子の顔で私を見た。

「もちろん、素敵な彼女だね、って言われたからそうだろう?新婚旅行で来たんだって言ったのさ。
そしたら、結婚おめでとうって言われたから、ありがとうって返したの。
ほら、俺って超紳士的だよね」

超紳士的も何も、設定自体が嘘なのでは?

ああ、駄目駄目。
私は今、キョウに従順にしていないといつイタリアに置き去りにされるか分からないんだった。

口を閉じて幸せな花嫁よろしくにっこり笑って見せるので精一杯。

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