恋人は魔王様
私の動揺を知ってか知らずか、見ごたえのある絵画を存分に堪能して私たちはその教会を後にした。あ、教会の名前もう忘れたの……ばれちゃった?!

さてさて、その後は意外と生臭い街を、歩きながら南へと移動していく。
青い空や、煌く太陽や、石畳。
それにその太陽の光を受けてきらきらと輝く運河。
楽しそうなイタリア人に、笑いの止まらない観光客。

そういうのを見ながら歩いていると、人と鳩でごった返すサン・マルコ広場に到着するのにさほど時間はかからなかった。
ここはさすがにテレビで見た覚えがあって、私の中でもベネチアに来たのねー!という実感が沸く。

この際、どういう都合でどうして今ここにいるのかについては一切考察しないことにして。

「折角だから、お茶していこう」

誘われた喫茶店は、カフェ・フローリアン。(少しはラテンの発音に耳が慣れたみたいなの☆慣れって偉大ね)
古くからそこにある由緒正しきカフェ、らしい。
いや、その言葉はキョウから聴いたから半信半疑だとしても、実際にこの喫茶店に足を踏み入れれば、そのカフェが持つ濃厚な歴史は肌から直接伝わってきた。
テラス席で、コンツェルトの調べに耳を傾けながら飲むエスプレッソは、今まで飲んだコーヒーの中で群を抜いて美味しかった。

しかも、顔をあげれば楽しそうに笑っているキョウがそこにいる。
ラテンの空気と、この底抜けに明るい太陽は悪魔をも笑わせてしまう魅力を孕んでいるのだ。

「どうした?ユリア」

不自然に見つめている私に気づいたのか、キョウは楽器演奏者から視線を私へと移す。
その瞳は今、樹木の蜜を溶かしたような甘いブラウンの色に染まっていた。

テーブル越しにそっと頬に伸ばされる長い指。

「そろそろ、眠くなった?
日本は夜だからな」

子供をあやす様に、その指先が優しく私の頬を撫でる。
またしても、私の心臓はトクントクンと、耳に流れるコンチェルト宜しく甘い調べを奏でてしまう。

隣でコーヒーを飲んでいる日本人OL二人連れが垂涎の表情でキョウを見ているのに気づいても、もう、「この悪魔、いくらでお買い上げいただけます?」と交渉にいく気にはなれなかった。



ベネチア効果、恐るべし!
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