恋人は魔王様
『俺?
俺は強いからさー、女一人自殺に追い込んだくらい、どうも思わねーよ』

太陽の光が降り注ぐ屋上で、きらりと、颯太の瞳に涙が浮かぶ。
それは、強くもない風に浚われてあっという間に姿を消した。

『そう。
じゃ、さっさと飛び降りれば?』

人の飛び降り自殺を目の当たりにしたかったジュノは、心からそう言った。

それは、颯太の耳には冗談のように聞こえたかもしれない。
何せ、「その服買っちゃえば?」と洋服売り場で店員と一緒になって、友人に服の購入をそそのかすような軽い口調だったのだから。少なくとも、人間としてはその場にふさわしくないほど軽薄な口調。

クツクツと、低音を響かせて颯太が笑う。
ほんの少しだけ、人間らしさを取り戻した顔で。

『お前、何なの?』

ジュノは答えない。
正体を教えるなら、今よりもっと後。
コイツが死ぬ直前のほうがふさわしい……そう思ったからだ。(あ、悪魔としてふさわしいとかではなく、二時間ドラマの演出としてそっちの方がイけてると思ったんだってー。もう、どう突っ込んでいいかわからないから私は黙っておいたけど)

『女二人と子供一人なんじゃない?』

ジュノがポケットから取り出したのはその日の朝刊。
小さな記事はそっけなく、端的に、地元のニュースとして子供を連れた女性が入水自殺を図ったことを告げていた。

『うっそ……だろう?!』

颯太は目を見開いた。

女の苗字は駒木と書いてある。写真はないが、駒木の妻子の年齢と、その自殺を図った人間の年齢は同じだ。
もちろん、この記事を書いた人間は、数日前の渡辺の自殺とこの親子の入水自殺との関連性があるとも思ってないのだろう。そういう書き方はされていない。

『ま、嘘だな。
この記事が刷られて配布された後、……つまり、今朝のことだが……死んだと思われていたこの二人は奇跡的に命を取り留めた。明日の新聞にお詫びの文章が載るんじゃない?』

ジュノはポケットから取り出した煙草に火をつけて、視線もあわさずそう告げた。
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