恋人は魔王様
チェスじゃんっ!!

私がようやく思い出したときには、もう遅かった。



「戦い、はじめっ」

その言葉を合図に怒号が鳴り響く。
チェスみたいに、一つずつ動いていくというわけではなく。
草原の草を馬が蹴り上げ、土ぼこりが舞い、兵士は互いを差し合って血が流れている。

王や女王は部隊の後ろへと下がり、どこかでは銃声すら鳴っていた。



えええええっ!
こんなのに巻き込まれても、マジ、困るんですけど。



私は喧騒を縫って、キョウを探した。

「キョウっ」

必死になって叫んでみるものの、騒ぎの大きさに声がかき消される。

頭の上からぽとり、と、何かが落ちてくる。
ぬぐってみると、それは血で。

馬に乗っている騎士が、向こう側に倒れて落ちていくところだった。

どさっという音が耳に響く。

これが人一人の命の重さだと思うと、気が遠くなりそうだった。

私は思わず後ろに向かって走っていた。

「キョウっ」

この場には不似合いな、ジーンズとTシャツ、しかも裸足という格好で、兵士を避け、玉を避け、ひたすら走る。

「キョウっ」

ようやく見つけた黒い影。
こんな喧騒、ものともしないような涼しい表情で、キョウは少し離れたところに立って、チェスの試合を眺めるように戦争を観戦していた。

「ユリア、これで信じてくれる?」



「返してっ
 今すぐお部屋に返してっ」

もう、人生でここまでのパニックに陥ったことはないと思う。

私は自らキョウの胸に飛び込んで、声の限りにそう、叫んでいた。











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