恋人は魔王様
二人の刑事は、一瞬言いづらそうに顔を見合わせる。
が、上司のほうがあきらめたように口を開いた。

「どうせすぐにニュースになるでしょうから、お伝えしても差し支えないでしょう。
 渡辺祥子(わたなべしょうこ)さんです」

渡辺祥子

頭の中の検索にかけるが、一向にヒットする様子はない。
つまり、私にはまったく聞き覚えのない名前ってこと。

とはいえ、全校生徒1000名からいるうちの高校の全生徒の名前など4月に入学したばかり、の上にそうも人覚えの良くない私が覚えているはずもない。クラスメイトの名前でさえ、全員分かるかどうか、かなり怪しいくらいだし。

特に2年、3年の先輩方となればよっぽど有名な人以外はまったく分からない。

「どうして?」

と、私が尋ねるのと

「ごめんなさい、私もう出かけるわね。夕食は適当に食べておいて」

と、ママが言ったのはほぼ同時だった。

いまさら、説明するだけ野暮と思うけれど、こうなったママは誰が止められるものでもない。
彼女の人生は、自分の趣味中心に周っているのだから。

入り待ちをしてないだけでも、今日はどうしたのかと思ってしまうほどのハマりっぷり。
(まぁ、そういうときには大抵、何かしらのコネを使って舞台後に役者さんとお食事会、のようなスケジュールが入っていたりするのだけれど。)

「行ってらっしゃい。氷川さんによろしくね」

ここでいう氷川さんとは、あの舞台俳優 氷川亮総(ひかわりょうそう)氏のこと。

ママがもう30年近く追っかけをしているといえば、だいたいのキャリアは予想がつくんじゃないかしら。テレビではお見掛けしたことのない、舞台で有名な俳優さんなの。

「もちろんよ。
 じゃあ、行くわね。タクシーが来る時間だわ」

話の脈略を全部無視して出かけていこうとするママを唖然と見送る刑事二人。

「殺人事件が起きたっていうのに、ちょっと、奥さん?」





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