向日葵
第四話

 一万五千円没収事件から一週間。今週こそはと意気込んで臨んだ映画鑑賞だが、隣に座った見覚えある黒髪の女性を見て顔が引きつる。
(何でだよ! 何でこんなに何度も会うんだ!)
 一秋の視線を感じたのか、未久も一秋を見て驚いた顔をしている。
(この顔からして、狙って会ってる訳じゃないんだろうが、こうも偶然が重なると気味が悪いな……)
 館内ということもあり、お互いに一言も話すことなく終始無言で映画鑑賞を済ます。隣を意識し過ぎたせいか、肝心な映画の内容がなおざりになってしまう。
 見終えて去って行く未久を確認してから一秋も席を立つ。これ以上会うことによってイライラしたくないというのが本音だ。
 映画館から出ると周りに未久が居ないことを確認し、ホッと一息つく。しかし次の瞬間、背後から肩を叩かれビクッとする。振り向くと予想通り未久が立っていた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
 第一印象から苦手なイメージが付き纏っており、一秋はつい警戒し緊張してしまう。挙動不審な一秋を見て未久は訝しながら聞いてくる。
「何か私のこと避けてません?」
(鋭いな……)
「いや、別に」
「そうですか。どうでもいいことなんですが、忘れないうちにコレをお返しします」
 そう言うと未久はバッグから封筒を取り出し一秋に差し出す。
「この封筒は?」
「一万五千円です。もともとベビーカーの話を勝手に進めたのは私ですし、申し訳ないので半分の一万五千円はやっぱりお返しします」
 未久は真面目な顔で語る。他意があるようには見受けられない。
(最初の出会いから思ってたが、コイツの行動パターンというか行動原理がよく分からない)
 一秋は少し考え込み返答する。
「そのお金は受け取れない。あのベビーカーは俺が壊したんだからな。そもそも桐島さんが支払う義務もない。だからそれはしまってくれ」
 一秋の言葉は聞こえているはずだが、未久は差し出したまま微動だにしない。
(薄々分かってたことだけど、コイツ、すっげー頑固だな)
 頭を掻くと一秋は無茶苦茶なことを言う。
「分かった。受け取るから、このお金で俺とデートしない?」
 突然の申し出にポーカーフェイスの未久も動揺する。
「な、何で私が月岡さんとデートを?」
(あっ、これは面白い。こういうタイプにはまともに行っても勝ち目ないし、変化球ばかりで攻めてみるか)
 動揺する未久に内心ほくそ笑みながら一秋は切り出す。
「いや、実は初めて見たときからタイプだったんだよ。本人を目の前にすると照れて言えなかったけど。でも、こんなに何回も偶然に会うって運命だ。俺たちきっと運命の赤い糸で結ばれてるんだよ。思い切って俺と付き合わない?」
 一秋からの突然の告白に、未久は顔を赤くして震えている。
(いいぞいいぞ、動揺しろ動揺しろ~)
 真剣な表情とは裏腹に、心の中では動揺する未久を見て楽しんでいる。さっきまで差し出していた腕は背後に回り、照れているのか目線も合わせられていない。
(さあ~て、なんて返すかな?)
 ワクワクしながらしばらく見つめていると、未久はおもむろに口を開く。
「あの、私も、好きでした……」
 未久のこの言葉に一秋の時間は確実に五秒停止する。
「えっ、今、なんて?」
「で、ですから、初めて会ったときから好き、でした……」
 目を逸らし顔を真っ赤にしながら言う姿に、この告白が真実であることは容易に理解できる。
(マジか、これ。変化球を逆転満塁ホームランされた気分なんだが)
 戸惑い何も言えない一秋を見て、未久が話し掛ける。
「あの、本当に私なんかでいいんですか?」
 不安げでありながらどこか嬉しそうな未久の熱い瞳に、一秋もドキリとする。
(よく見るまでもなく、桐島さんは美人だ。からかうつもりで言った告白だったけど、これはこれで結果オーライなんでは……)
「えっと、桐島さんこそ俺なんかで良いの?」
 未久は笑顔で頷く。初めて向けられる自分への笑顔を見て一秋の胸は熱くなって行く。
(凄い可愛い笑顔。この人を手放してはダメだ!)
「桐島さん」
「はい」
「結婚して下さい」
 突然の告白に続き、突然のプロポーズで未久の脳内キャパシティーは限界を超え、顔を赤くしてその場を走り去ってしまう。
(あれ? 俺、言っちゃいかんこと言ったか?)
 映画館の前で一人取り残された一秋は、走り去って行く未久の背中を呆然と見送っていた。

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