向日葵
第五話

 翌朝、いつもの満員電車に揺られ、いつもの駅のホームに降り立つ。いつものように階段に向かおうとするも、階段裏側のベンチにたたずむ未久を見つけ、そちらに歩みを進める。未久も一秋に気付き緊張した様子で強張った表情をしている。
(桐島さん、今日も綺麗だな。彼女の気持ちを確かめるためにも、今日も初っ端から揺さ振ってみるか)
 未久の目の前まで来ると先制攻撃の口火を切る。
「おはよう、未久」
 いきなり下の名前で呼び捨てにされ、未久の頬は早々に赤く染まる。
「お、おはようございます」
(拒否したり嫌な顔をしないところを見ると、桐島さんが俺を好きなのはガチなのかも)
 内心嬉しくなりつつも冷静を装い話し掛ける。
「俺を待ってたんだよね?」
 未久は目線を合わさず頷く。
(この仕種にこの態度、やっぱり凄く可愛い。駆け引きなんて止めて、真面目にちゃんと向きわないといけないな)
 第一印象とはまるで違った少女のような未久を見て、一秋の心は温かくなりつつも自責の念にもかられる。
「昨日はいろいろと失礼致しました。お詫びと言ってはなんですが、今夜お時間頂けませんか? 美味しいディナーをご馳走したいので」
 急に丁寧な口調になる一秋を不思議そうな顔で見つめる。
「分かりました。待ち合わせはどうしますか?」
「七時にこの改札前で。遅れたり急用でキャンセルするときは事前に連絡入れます。携帯番号教えて貰っていいですか?」
 一秋の丁寧な申し出に未久も素直に応じる。アドレス交換を終えると、雑談もほどほどにして会社に向かう。
(よく考えると昨日の告白とかは、純粋な桐島さんの心を弄んだ形になるよな。今夜ちゃんと謝った上で、正式に交際を申し込もう)
 朝一から仕事のことをすっ飛ばし、未久との告白ディナーをいかにして成功させるかのシミュレーションで頭がいっぱいになっていた――――


――夜、改札前でたたずむ未久を見つけ一秋は駆け寄る。約束の時間まではまだ三十分近くある。
「すいません、待たせました?」
「いいえ、私もさっき来たところです」
「そうですか、じゃあ早速レストランに行きましょうか。ちゃんと予約取ってありますから」
 一秋に言われるまま改札を後にし、未久はその隣を並んで歩く。イルミネーション輝く歩道を歩くその姿は、傍目にはカップルとしか見られない。お互いのことをまるで知らない間柄の割には、穏やかに落ち着いて話しが進み一秋もホッとする。
 予約したレストランに到着し個室に通されると、注文をすることなくコース料理が勝手に運ばれてくる。
「注文も予約してたんですか?」
 前菜に箸を伸ばしながら未久は問う。
「はい、煩わしいことは全て省いておきたかったんで。ちょっと強引かなとは考えましたが、桐島さんとゆっくり落ち着いて話したかったから」
 優しい言葉に未久は笑顔になる。
「桐島さんも多分いろいろ聞きたいことがあると思うけど、まず昨日のことを謝らせて欲しい」
「昨日のこと?」
「突然の告白とかプロポーズとかのことです」
 昨日の光景を思い出したのか、未久の頬がうっすら紅潮する。
「正直に言います。昨日の告白は桐島さんをからかおうと思って言いました」
 頭を下げる一秋を見て、未久の表情は険しく真面目な顔になる。
「嘘、だったんですか?」
「はい」
「最低です。帰ります」
「待って!」
 席を立とうとした未久を制止すると、一秋は言葉を繋げる。
「プロポーズは本気だから」
「えっ?」
 未久は意味が分からないといった風な顔をする。
「当然混乱するよね。えっと、正確に言うと、最初はちょっとからかおうと思ったんだ。ベビーカーの件とかでいろいろ気に食わないところもあって。でも、桐島さんから思いがけない告白返しをされて、その……、本気でいいなって思った。その想いがそのままプロポーズの言葉として出てしまったんだ。だから、プロポーズの部分は本音だよ。暴走気味なのは認めるけど」
 一秋の表情から嘘を言ってないと判断した未久は、ちゃんと座り直し向き合う。
「では月岡さんは私との関係を真剣に望んでいるんですか?」
「はい、許して頂けるならば、この場を借りて正式にお付き合いしたいと思ってます」
 真剣な目で見つめる一秋からは本気度が溢れている。
「分かりました。最初の告白動機はちょっとショックでしたけど、隠さずちゃんと言ってくれたので許します」
「じゃあ、付き合ってくれますか?」
 一秋のストレートな問いに、少し照れながら未久は頷く。
「ありがとう。後、もう一ついいかな?」
「まだ隠し事あるんですか?」
「いや、隠し事じゃなくてどちらかというと既にオープンにしたことなんだけど、プロポーズの返事はいつ貰えそう?」
 一秋のこのセリフに未久は固まる。
「き、昨日の、プ、プロポーズは冗談ですよね?」
「いえ、最初にも言ったようにプロポーズの部分こそ本音です」
「まだ付き合い初めて一分も経ってないんですけど?」
「分かってます。だから返事はすぐにとは思ってません。ただ、俺はそういうつもりで桐島さんと交際して行くつもりなんで、気持ちが決まったらいつでも言って下さい」
 真剣な眼差しで語られると未久もドキドキしてしまう。
「わ、分かりました。お付き合いをして行く中で真剣に考えてお返事します。でも、返事に凄くお時間頂くかも知れません。それでもいいですか?」
「はい、桐島さんが納得行くまで待ってます。何年でも何十年でも」
「何十年はないですから安心して下さい」
 未久は苦笑しながら言う。
「ですよね。ところで、俺たちってまだお互いの年齢すら知りませんよね。普通に考えてこれで結婚とか有り得ないか」
 冗談混じりに笑う一秋を見て未久もつられて笑顔になる。運ばれていたコース料理の数々はいつの間にか冷めていたが、二人の心は春の訪れ宜しく温かくぽかぽかしていた。

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