向日葵
第八話

 六年後、春。職場から帰宅した一秋が玄関のドアを開けると、リビングから飛鳥が元気よく飛び出してきて一秋に抱きつく。
「おかえりなさい、パパ!」
「ただいま。ゴメンな、せっかくの日曜日なのに仕事で」
「ううん、いいの。飛鳥寂しくないよ!」
「飛鳥……」
 小さいながらも気遣うその気持ちに居た堪れず抱っこすると、飛鳥は嬉しそうに首に抱きつく。未久が亡くなってから六年。一秋は一人で飛鳥を育ててきた。未久と交わした最後の約束『飛鳥を守る』という言葉を使命と感じ貫き通してきている。どんなことがあっても飛鳥を一人前に育てると心に誓っているのだ。
 帰宅後、着替える間もなく一秋はキッチンで晩御飯の支度をする。料理は全く得意ではなかったが、飛鳥を育てる中で否応なく身に付いてしまった。
「パパー、今日のゴハンはなに?」
「今日はシチューだよ。ちょっと寒いからね」
「わーい、飛鳥シチュー大好きー!」
 飛鳥は冷蔵庫から材料を取り出す一秋にニコニコしながらまとわりつく。
「飛鳥、すぐできるから大人しくコタツで待っててくれるかい?」
 頭をポンっと叩くと飛鳥は元気よく返事をしコタツに走り込む。元気さだけは誰にも負けないと言っても過言ではないだろう――――


――一時間後。
「まぁこんなもんだろ」
 完成したシチューを味見しながらつぶやく。コタツの方を見ると飛鳥はテーブルにうつぶせになって寝ている。
「ちょっと待たせ過ぎたか……」
 一秋は飛鳥のもとへ行き起こそうとする。ふと、テーブルに目をやると飛鳥の手のひらに何かが握られている。一秋は疑問に思いそれに手をのばす。
「これは、未久の……」
 それは未久が死の間際に握りしめていたブローチだった。一秋はこれが自分の子供の頃に会った女性に渡したモノとよく似ていると思っていた。しかし、それは自分が小学生に上がって間もない頃で当然記憶があやふやになっている。
(未久が話していた夢、あの時の女性、ブローチ、そして何より最期のセリフ『また逢える』あれは何を意味していたのだろうか。未久の話が本当だとすると時を越えて逢いに来てくれるとでもいうのだろうか。自分が子供の頃に会った女性が未久だったと確実には言えないが、仮に話が事実だとすると未久は三回だけ過去と未来を行き来したことになる。一回は自分の幼少の頃だとする。すると後の二回はこれから先の未来ということになる。だとするとそれはいつなのだろうか?)
 一秋は未久が死んでからずっとこのことを考えてきた。馬鹿げた話だと思い直し形見としてこのブローチを仏壇の奥にしまっておいたが、いつも頭の片隅では忘れられずにいた。
「まったく、仕方ないな仏壇まで探ったりして。ホラ、飛鳥、ゴハンできたぞ」
 肩を揺らすと飛鳥は眠そうに目をこすりながら起き上がる。テーブルに伏せていたせいかオデコに赤い跡ができている。一秋は飛鳥がまどろみの中にいる間にシチューをよそってテーブルに並べる。
「ホラ、熱いから気をつけるんだぞ」
「う~ん……」
 飛鳥はまだボーっとしている。
「食べれるか?」
「うん、食べれる……」
 飛鳥はスプーンを持ったままシチューを見つめている。しかし、ふと思い出したように周りをキョロキョロしだす。
「ん? どうした飛鳥?」
「あれ? お花がない」
「ん、あのブローチか。ブローチなら仏壇の引き出しの中にちゃんと戻しておいたよ。だけどダメだぞ飛鳥。仏壇にイタズラしちゃ」
「えー! 飛鳥イタズラしてないよー!」
「あのブローチはママの大切な形見なんだぞ」
「ホントにしてないもん! 公園でお姉さんに貰ったんだもん!」
「飛鳥、嘘をつくとオシオキだぞ」
「ホントだもん!」
 本気の抗議なためか飛鳥の頬はふくれている。
「飛鳥、パパと指きりしただろ? 絶対嘘はつかないって。怒らないから正直に言いなさい」
「ホント、だもん……」
 飛鳥は半泣きになっている。
(う~ん、飛鳥は今まで嘘もつかずに何でも言ってきた。その飛鳥がここまで違うと言い張っている。嘘じゃないのか? もしかして!)
「あぁ……、その、飛鳥。ゴメンな、パパ飛鳥のこと信じるよ」
 一秋は申し訳なさそうに飛鳥を抱っこして抱きしめる。
「本当にゴメンな飛鳥。パパのこと許してくれるか?」
「うん!」
 飛鳥はニコニコしながら抱きついてくる。
「なぁ、飛鳥? 今日公園で会ったそのお姉さんってどんな感じの人だった?」
「んーとね。髪が長くて、白い服着てた」
(やっぱり!)
「そうか、そのお姉さんとなにか話した?」
「んーん、でもすごく優しかった。頭もナデてくれたよ。また会いたいなぁ」
 飛鳥は嬉しそうに話す。一秋は涙を隠し飛鳥を抱きしめながら呟くように言う。
「会えるさ、きっと……」


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