ヒーローの進化論


私がふらついていたせいだろう、医務室に着くまで手は握られたままだった。
階段を降りるときは私の足元を気にして、すれ違う人にぶつからないように避けながら歩いてくれて。

その熱い手が、何だか意外に感じてしまった。
当たり前なんだけど、血が通う同じ人間なんだって、表情の変わらない整った顔を見ていた。
らしくなく、ドキドキしながら。

私を送り届けると、授業あるから、と山井くんはすぐにいなくなってしまった。
医務室のベッドに寝転びながら、暑さのせいだけではない身体の熱を感じながら、そっと目を閉じた。


***


遂にこの日が来てしまったと、そう思った。

私の目に映るのは、食堂で女の子と話しながら笑っている山井くん。
大きく表情を変えない彼の、見たこともない笑顔。

薄手のコートでは少し肌寒い季節に差し掛かり、黄色く色付いたイチョウの葉が風に舞って足元を染めていた。
地面から天井まである大きなガラスが、あの2人と私の世界を隔てているように感じる。

分かってはいたけれど、実際目にするのはキツい。



山井くんにお世話になった初夏、授業に復帰して彼に改めてのお礼を言うと、

『ごめん…、誰だっけ』

少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう返された。


信じられない。

世話になっておきながら言いたくはないけど、こんなことってある?
あんなに優しくしてくれたのは私との今後を期待して、とかではなく?
そういう下心、本当に一切なしで助けてくれたって言うの?

全然、全然覚えてくれないじゃない。この私を。

自分の名前を吐き捨てるように言った私を見て、さすがに苛立ちが伝わったんだろう。
小さく、もう覚えた、と彼は言った。


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