ヒーローの進化論
柔らかそうな黒髪が俯いた顔に影を落として、見惚れた。
その端正な顔立ちは入学当時からかなり噂になっていて、綺麗な女の子達から話し掛けられているのをよく見る。特定の女の子がいつも側にいるのも、見る。
そんな様子を遠い場所から眺めているのが私だ。
目の前に彼が座っていることが、未だに信じられない。
「俺は課題終わったから、次の授業までに返してくれれば良いよ」
ルーズリーフが数枚、私の前に置かれた。角ばった丁寧な字がそこには並んでいる。
罫線からはみ出すことなく書かれた文字。山井くんはきっと几帳面だ。
「なんで、良くしてくれるんですか?」
「なに?」
「あんまり関わりないし、…話したこともほとんどないのに」
一瞬だけ眉間に寄った皺を、私は見逃さなかった。すぐに元の、何を考えているのか分からないような表情に戻る。
気を悪くしたのなら申し訳ないとは思うが、本当に純粋に、疑問なのだ。
「嫌なら引き取るけど」
それ、と私の手元にあるルーズリーフを指差す。
「え、」
「”関わりないやつ”に借りるのは嫌?」
「いや。そ、そうではなくて。ありがたいけど、申し訳ないなって思って。それに、」
「それに?」
「なんで山井くんが目の前にいるのか、ちょっと分からない」
思わずと言ったように、小さく吹き出した。
そんな彼を見たのはもちろん初めてで、面食らう。
右腕で自分の顔を隠しながら笑い続ける彼を、しばらく見つめた。