ヒーローの進化論


「俺の下の名前は知ってる?」


さっきの女の子にはもう興味を失ったようだ。もう外には一切目を向けない。
彼には分からないように窓の外を見やると、彼女はひどく悲しそうな表情を浮かべてこちらに背を向けたところだった。

彼女の心情が手に取るように分かって、私まで胸が痛くなった。


「下の名前、というと」

「知ってる、知らない。どっち?」

「知って、ますけど…」

「言ってみて」


この男は何を楽しんでいるのだろうか。
私の動揺は確実に伝わってるはずだ。事実、彼の口元に少し笑みが浮かんでいる。

分かりにくい、なんてことなかった。よく見ると徐々に色を変えていく表情。
今まで気付かなかったのはきっと、この距離で話すことがほとんどなかったからだ。


「英治(えいじ)、くん」


彼の名前を呼んだ声が、少し震えていた。

名前くらい、下の名前だって前から知ってる。
コンビニで買う昼ご飯はパンよりおにぎり派だとか、授業を受ける時は教室の真ん中が定位置だとか、ブラックコーヒーを好んでよく飲むだとか。

ちっぽけなことだって分かってはいたけどいつも目で追って、そういうことを覚えてしまうようにまでなっていた。

その名前を呼ぶ日が来るんて、思ってもみなかった。


「へぇ…、いいじゃん。」


目を細めて色っぽくこちらを見る山井くんに、頭がクラクラする。

本当に、綺麗。
山井英治という人間を形成するパーツ、その全てが美しい。

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