まだ見ぬ春も、君のとなりで笑っていたい
「母さんの言い方がきついのは申し訳なかったし、父さんからも言っておくけど、母さんの気持ちも少しだけ分かっていて欲しいんだ。母さんはね、学生の頃、家の事情で家事の手伝いばかりしていて、思うように勉強する時間がなくて、受験に失敗してしまって行きたい学校に行けなかったらしいんだ」

お母さんは母子家庭で育って家計が大変だったというのは知っていたけれど、勉強や受験のことは初めて聞いた話だったので、わたしは目を丸くして続きを待った。

「母さんは勉強が好きだったから、上の学校に行きたかったけど、だめだったって。そのせいで就きたい職業にも就けなくて、今でもそのことを後悔してるから、自分の子どもには絶対に同じ思いはさせたくないって、お前たちがまだ小さかった頃に言ってたよ」

「……そうだったんだ……」

わたしにとってお母さんは、何も悩んだことがない完璧な人間だった。だから出来の悪いわたしが許せないんだろうと思っていた。

でも、違ったんだ。わたしが見ていたのは、お母さんの一面に過ぎなかった。

お母さんは『お母さん』という存在だと思っていたけれど、本当は色んな過去があって色んなことを考えているひとりの人間なんだ。

それは、お父さんも同じ。お父さんも『お父さん』じゃなくて、ひとりの人間。

そんな当たり前のことに、今初めて気がついた。

「だからお母さんは、遥たちには夢を持って欲しい、努力してその夢を叶えて欲しいって思ってるんだ。でもな、遥。父さんは思うんだけど、将来の夢なんてそんなに大事なものじゃないよ」

えっ、と思わず声を上げた。予想もしなかった言葉だった。

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