まだ見ぬ春も、君のとなりで笑っていたい
お父さんは微笑みながら続ける。

「夢なんてものは、別になくてもいい。夢なんて見つからなくてもいいんだよ。みんながみんな夢を持って大人になるわけじゃないし、夢を叶えてその仕事をしてるわけじゃない」

わたしは唖然としてお父さんを見た。

「社会には色んな大人がいるけど、ほとんどの人が夢も希望もなくなんとなく働いてるよ。昔からやりたかった仕事をしてるとか、この仕事が自分の生き甲斐だと思ってる人は、少数派だ。ほとんどの人は、ただ生きていくためにお金を稼いでいるだけだ。まあ、父さんも正直そうだしな」

お父さんがいたずらっぽく笑って言う。

「今の仕事じゃないとだめ、なんてことは全然ない。家族四人が暮らしていけるお金が稼げるなら、どんな仕事でもいいと思ってるよ。仕事に生き甲斐なんか全然、これっぽっちも感じてない」

そこまで言い切られると、そういうものなのかという気がしてくる。

確かに、いくら夢を持っていたって、その夢を叶えられる人はほんの一握りだろう。それは分かっていた。だから、みんな仕方がなく、夢に破れて自分の希望とは違う仕事をしているのだと思っていた。

でも、どうやら違うらしい。もともと夢なんてなくて、なんの仕事でもいいと思っていて、生活のために働いている人がほとんど、ということか。

「どうして今の仕事をしているかって訊かれたら、就職試験を受けたら合格して採用してもらえたから、ってだけだよ。そして、耐えられないほど自分に向いていない仕事ってわけでもないし、今のところクビにもなってないから、幸いにも続けられてるってだけだ」

お父さんはおどけた調子で言って、おかしそうに笑った。こんなお父さんを見るのは初めてだった。

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