学園の通り魔
「何読んでるの?」

 俺の存在に気付いた証は、一拍の後、本の表紙を俺に見せた。『罪の力』と控えめに書かれただけの味気ない表紙だった。

「『罪』?どういう本?」

「え…心理学の本…?」
 戸惑いつつ、証は答えた。
 それが答えになっていたかは、俺自身でも判断しづらかった。
「へー、おもしろい?」

 証は意外と、迷いなく首を横に振った。

「いろいろ、難しい」
 ではなぜ、読んでいるのだろうか。そんな肩が凝りそうな本、わざわざ読んで何になるの?

 俺なんか、表紙見ただけで頭が痛くなってくる。

 流石に、そんなことを言うのは気が引けたので、ただ『ふーん』と頷いてだけおく。

「片城さんって、いつも寝てるよね」
「うん…」
「あ、悪く思わないでね。ただ、そういう印象というか。」
 うーん、フォローできない。

 俺、嘘つけない性格なんだよね。

「気にしてないよ」
 困り顔で証は言った。
 あ、そういうタイプか。

 多分この人今、『早く俺にどっか行ってほしい』って思ってる。俺みたいな性格、苦手なのかな。

 俺はこの人のことを、おもしろいと思った。
 なんだよ、分かりやす過ぎだろ。ずるいよな、そういうの。
「そう?ならいいけど。あんまりだとまた水野に怒られるよ?」
 素っ気ないふりをして俺は言った。

「そうだね」
 やはり困り顔で証は答えた。

 授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

 よかった。

 とっさにそう思った。
 はっきり言って、話題が続かない。話が伸びない。楽しくない。

 自分から興味を持って、声をかけた身で言うのもなんだが、この人、とんでもなく話しづらい。それはもう、悪意を感じるくらい。

 わざと話を続かせないようにしているんじゃないだろうか。

「おらー、席につけー」
 黒田慎吾がダルそうな声をあげた。
 黒田慎吾、1年5組担任。担当教科、世界史。

 消えて無くなれ。

 俺がそう願う教科の一つ。
 とは言え俺、授業まじめに受けないとテストがひどいことになるからな。

『起立』と声が聞こえて、重い腰を持ち上げる。『気をつけ、礼』…『着席』
 しぶしぶ机からノートを引き出した俺を嘲笑うかのように、隣で証が自分の腕を枕に寝始める。

 正直、羨ましい。
 俺もぐっすり眠りたいよ。授業なんて、怠くて仕方ないんだよね。

 俺は証を誘惑の悪魔だと思うことにした。
 これで、証を見る度に自分を奮い立たせることができる。
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