雨宿りの法則
2 君はきっと、
次の日も、その次の日も、彼が私の勤めるクリニックにやってくることはなかった。
あの怪我ならばどこかの病院で縫合したはずだけれど、もしかしたらそこに通うことにしたのかもしれない。
内心、そうしてくれて助かったと思っていた。
彼は彼で、きっと私と顔を合わせるのは気まずいのだ。私がそうであるように。
1時間ちょっとのお昼の休憩時間、昨夜の残り物を詰め込んだお弁当を頬張る。
少し開けた窓からは、太陽の日がさんさんと降り注いでいた。一昨日の夕方に降った雨が、嘘みたいに。まるであの再会は幻だよって言うみたいに。
8畳間の和室に、更衣ロッカーとテレビとテーブル。過ごしやすいように冷蔵庫や電子レンジ、電気ポットもある。冬はこのテーブルがこたつに変わり、仕事に戻るのが嫌になるほど居心地がよくなる、職員用の部屋だ。
たま〜に山路先生がお昼寝していたりもする。
こんなのんびりした休憩時間を過ごすのが幸せだなんて、このクリニックに来なければ知らなかったかもしれない。
私が以前いた職場は、休む暇など与えてくれなかったのだから。
人間には休養が必要なんだと、身をもって体感した。
それはサボるという概念ではなく、単に体を休めると心にもゆとりが出来るという仕組みである。
頑張った分だけ、少しだけのんびり過ごす。それだけでいいのだ。
『響さんには、休憩が必要だね』
懐かしいという言葉は似つかわしくない、彼の声がどこからか聞こえた気がした。
数日前に久しぶりに聞いた彼の声は、変わりなかった。
私の事情なんて何も知らなかった彼が、会って少ししてから口にした言葉だ。
彼は他人の心情を察する力が、人一倍鋭いのかもしれない。
「やだぁ〜。この芸人、今度は四股だってよー、よくやるわぁ」
斜向かいでテレビを見ながら食後のプリンに手を出す雪子さんが、面白げに笑っていた。
今日も平和だ。
いつものように、何の変哲もない日常を送る。
これからもそうだと信じて疑うことなんてなかったのに。