雨宿りの法則
「無視されたらどうしようかと思いました」
「……しないよ」
数分後、私は敬佑くんの運転する車の助手席に乗っていた。
ここまで来て知らぬ存ぜぬを通すのはあまりにも失礼な気がしたので、観念して「久しぶり」と返したら、駅まで送りますと申し出てきたのだ。
丁重に何度もお断りしたものの、彼も全く折れず。
そのうちクリニックから真美ちゃんが出てくるのが見えたので、仕方なく彼の車に乗ったというわけなのだ。
「本当に響さんかどうか、確認だけして帰るつもりでした。間違いじゃなくて良かったです」
確認だけして帰るつもりの人が、どうして駅まで送ると言い出したのかは置いておくにしても、とりあえず彼に言いたいことがあった。
「私が仕事終わるの待ってたの?」
「えーと………………、…………はい、そうです」
待ち伏せなんてストーカーがやること、みたいなニュアンスで言ってしまったためか、敬佑くんは視線は前方に向けたままにも関わらずなんとなくシュンと反省しているような表情を浮かべた。
別にそんなに責めるつもりはなかったのだけれど。
「怒ってるわけじゃないの。だって仕事は?怪我してるのに仕事に戻るって言って聞かなかったじゃない。忙しいのかなって」
一応フォローする意味で言葉を付け加え、ハンドルを握る彼の左手を見やる。
おそらく何針か縫っているのだろう、包帯が巻かれていた。でも仰々しさは無く、傷はそこまで深くなかったことを示していた。
大した怪我じゃなくて良かった。
「今日は店が定休日なんです」
ふっと顔を綻ばせた彼の横顔は数年前の彼となんら変わりはなく、それを見たら猛烈に胸のあたりがざわついた。
もう二度と会うこともないと思っていたからなのだろうか、言葉ではうまく言い表せない感情が湧き上がってきて、目をそらすことでなんとか気持ちを落ち着かせた。