雨宿りの法則
そんな私の顔をしばらく見ていた彼はポリポリと頭をかいて、少し考えたあとで
「えーっと、行く時に俺も一緒についていきましょうか?」
と申し出てきた。
「え!でも!」
思わず「いいの?」と言ってしまいそうになり、なんとか止める。行きずりの人にそこまで頼るのは非常識極まりない。
でも、この車を買ったお店でも散々色々なものを売りつけられて、使うか分からないものも合わせて買ってしまったことを思い出した。
知識がないのをいいことに、無駄な買い物をしてしまったのは事実なのである。
迷っているうちに、彼は私を再び手招きした。
「だってあなた、お人好しそうだから。騙されそう。ほっとけない。……ちょっと雨宿りしませんか?」
「雨宿り?」
「車の中で」
いつもの私ならば、初めて会った人と密室に入ることなどありえないのだけれど。
彼のことは、信用できた。なんとなく理由は見つけられない。ただ下心は一切感じられなかった。
私の車の助手席で、彼は着ていた上着から缶コーヒーを取り出して渡してきた。運転席で受け取ると、ほんのり温かくそれはどことなく安心する柔らかい温度だった。
まるで、彼を包む空気感みたいな。
彼はふわりとした温かいものをまとったまま、窓の外を見ていた。
「雨、強くなってきましたね」
「あー……本当ね。早く帰らなきゃ」
フロントガラスに叩きつけられる雨を眺めて私がつぶやくと、え?と聞き返された。
「私、雨女だから。外にいると雨がどんどん強くなるの。家に帰ると不思議に雨が弱くなったりするのよ。だから先に謝っておくね、ごめんなさい」
雨女であることを自慢に思ったことはない。だってたいていの人は雨は苦手だと思うから。
でも、意外な答えが彼から返ってきた。
「じゃあ俺はこのままでもいいや。雨が好きなんで」
「雨が好き?」
「雨の音が大好きなんです。落ち着くから。だから雨女、大歓迎です」
本当に心底好きなんだなというような笑顔で彼は話していた。私の方は見ていなかったけれど、その真っ直ぐな瞳は確かに窓の外の雨をとらえていた。
ここまで雨女を肯定してくれた人は、案外初めてかもしれない。
「…………今度の休み、一緒に行ってくれますか?」
「え?」
半分無意識で、私は彼に向かって口を開いていた。ちょっと意外そうな顔がこちらを振り返る。やはりどこかあどけない。
でも、なぜだか安心する。
「君さえ良ければ、の話」
恋の始まりなんかじゃなかった。
それはただの、人と人との出会いだった。
にこっとした優しそうな微笑みのあと、彼がコクリとうなずく。
「もちろん、一緒に行きますよ」
恋の始まりなんかじゃ、ない。