雨宿りの法則
「森田さん、点滴よろしくね」
「森田さーん、採血です〜。一般でお願いしまーす」
「ねぇ、森田さん。尿検査の紙コップって在庫あります?」
この個人でやっているクリニックは、内科・外科・小児科・皮膚科を標榜しており、はっきり言って働き手がものすごく少ない。
最低限の人数でやり繰りしているため、患者さんの数が増えていくとバタバタし出す。
今日もそれだった。
「森田さん、さらに採血追加でーす」
返事をする間もなく、高齢の女性患者の腕からなんとか点滴ルートを探しているとすぐ横の棚にポトリと追加の採血伝票を置かれた。
たまたま体調不良でもう1人の看護師が休みで、今日は看護師は私だけ。さすがに風邪が流行しているこの時期に1人でこなすのはキツい。
でも逃げるわけにもいかないし、医師の指示通りに動かなければいけないのは重々承知だ。
「森田さぁん、ちょっとこっち来てくれるー?」
ヘロヘロした呼び声が聞こえるのは診察室の方から。困りきった様子と子どもの泣き叫ぶ声から察して、予防接種あたりだろうか。
何でしょうか、と診察室へ顔を出すと、人の良さそうなくしゃっとした困り笑顔を浮かべた年配の山路先生が私を手招きしていた。
「暴れちゃって打てないの。お母さんのお手伝いをお願いしていいかな?」
「分かりました」
ギャンギャン泣いている3歳くらいの男の子の腕をとり、彼の母親と一緒になって痛くない程度に体を押さえた。
細い腕にあっという間に注射針が刺さり、数秒で打ち終わると可愛らしいイラスト入りのテープで男の子の気を逸らす。
泣いていた彼はすぐに泣きやみ、母親に連れられて診察室をあとにした。
「今日はいつもに増して混んでるねぇ」
「まだまだいますよ、患者さん」
「明日もこんなだと困るなぁ。夜は学会があるし」
「受付時間終了を早めてみたらどうですか?」
「そうだねぇ〜」
ため息混じりに電子カルテに男の子の予防接種のデータを打ち込み、山路先生は「考えとく」と頬杖をついていた。
このマイペースさが診察時間を遅らせているような気もするけれど、それが先生のいいところでもある。
密かに私の心が和む瞬間なのだ。