雨宿りの法則
「なんとなく」
敬佑くんは辛うじて傘を支えている状態で、私を抱きしめたままつぶやいた。
「なんとなく、響さんが消えそうな気がしたので」
私が消える?
聞き返したかったけれど、それはこの場では言葉にならなかった。なぜなのか、いつも落ち着いている敬佑くんの初めて見る姿だったからなのかもしれない。
まだ子供みたいに思っていた彼の体は、私よりもひと回り以上大きくて。彼はちっとも子供ではないのだと気がついた。
だって不思議なことに、彼の温もりが心地いいと思ってしまったのだ。
「そんなに悲しい声で話さないで。何も聞かないから、話さなくていいから、そばにいたいんです」
敬佑くんの言葉から、温もりから、頬を伝う雨粒から、小さなほころびが生じる。ほころびみたいな、私の錆。錆び付いた、私の心。
ほろほろ解けて、傘の下で絡まる。
すると、どこからか車のヘッドライトが私たちを照らした。
顔が彼の肩に埋もれているので定かではないけれど、どうやら駐車場に車が入ってきたようだ。
このまま抱き合っていたら何を言われるかと離れようとしたけれど、敬佑くんはそれを許してくれず。
結局彼の腕の中でやり過ごした。
「いつ離してくれるの?」
いい加減苦しくなってきて、いつまでこうしているのだろうと聞いてみる。彼は「いつまででも」と平然と答えた。
「響さんの心が済むまで。誰も見てないから、思う存分どうぞ」
「…………なんでそんなこと言うの」
「ひとりで泣くより、ずっといいですよ」
どうしてこの人は、なんでも分かるの?
変な人。変な人。変な人。
じわりとたまった涙が、雨に混じって消えていった。次から次へと。止まることなく溢れる。
私の錆び付いた心が、剥がれて落ちていった。